Healing room 3

日記、および公開ラブレター!

zoomセッションスタートしました!

 

zoomでのセッション

スタートしています。

 

対面セッションと

変わらないとのご感想をいただいていますが、

わたし自身もそう感じます。

 

 

おしゃべりを通して

エネルギーのリーディング

集まったパズルのピースを合わせて

見えてきたビジョンを

熱烈放送でお伝えする

アタック25の最後の映像クイズの

ビジョンを隠しているタイルを

どんどん開けていく感じ)

ご本人からとっておきワードも飛び出す

具体的に整理して、

しっくりくるところへ着地

 

という

展開が多いかと。

 

 

60分と設定して

スタートしましたが、

ご要望もいただいて

120分のコースも設けました。

(はじめてセッションを受けていただく方は

120分がおすすめです

 

セッションのご案内は

こちらをご覧ください

1月中はあと何枠か

ご予約いただけそうです。

 

対面セッション、

ワークショップ、

メールセッション、

 

過去にいろんなかたちで

ご縁をいただいたかたに

またお会いできていることも

とてもうれしく、

 

それぞれのステージで

自分にしっかりスポットライトを当てて、

あたらしい一歩を踏み出すようなみなさんとの

作戦会議のようなひととき。

このお仕事をさせていただくことを

本当にしあわせに感じます。

 


http://healingroom3.com

 

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zoom準備中にスクショとってみた。

 

 

 

 

 

 

「おしゃべりセラピー」セッションのご案内

 

自分のことたっぷり話してみませんか?

 

おしゃべセッションスタートします!

 

zoomを利用した、

オンラインでのセッションとなります。

 

(おしゃべりセラピースタートの経緯は

過去のブログにて!)

 

 

以下、お申込み方法です。


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 

榎本かおり

おしゃべりセラピー
zoomオンラインセッション

 

<セッションのお時間と料金>

 

60分 8,000円

120分 12,000円

(はじめての方は120分がおすすめです)

 

<受付メールアドレス>


utaori318☆icloud.com

(☆を@に変更して送ってくださいね)

*ホームページお申込みフォームに不具合があるため

こちらのメールアドレス宛てにお願いいたします。

セッションについてのお問い合わせもこちらまで!

 

*着信制限によりメールが届かない場合があります。

着信制限の設定をされている方は

上記メールアドレスの受信を許可しておまちくださいませ。

 

 

<ご記入事項>

 

◎メールのタイトルを

「セッション申し込み」とお願いいたします。

*本文に必須事項として、


◎お名前


◎携帯番号
(メール、zoomがつながらなかった際の念のためのご連絡先として)


◎セッションのご希望日時

(平日、休日を問わず10時〜17時の間で

ご希望の時間をお伝え下さい。

できましたら第3希望くらいまで

上げていただけますと、

ご予約がスムーズです)

 

*以下は任意でご記入ください

◎年齢

◎お住まいの地域

◎今回のご相談内容、またはおしゃべりテーマ

◎その他、セッションに必要そうな

情報や話題がありましたらどうぞ自由に

ご記入ください!

 

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞  

 

 

自分の答えというのは、

パズルのピースのように

本当は自分の中に揃っていて、

 

本当は自分でもなんとなく

わかっていたりするけれど、

 

不思議と自分のパズルが

完成しそうになると、

またぐちゃぐちゃにしてしまったり、

 

出てくるビジョンに

自分自身が確信を持てなかったり、

そこにすすむことにおそれを感じて

見えないふりをしてしまったり、

 

ということは

ものすごく多いと感じています。

 

 

答えはすべて自分の中に

あるけれど、

 

それを共有して、一緒に整理する

伴走者のような存在は

タイミングにあわせて

必要になるのかなと。

 

たくさんのかたちで

サポートされている方が

いらっしゃるため、

 

自分にフィットする方法を

利用するのがいちばんと感じていますが、

 

わたしの場合は

より枠組みのない自由なかたちで

セッションの時間を過ごしていただけたらと

「おしゃべりセラピー」という

スタイルにたどり着いています。

 

 

なにを相談したいのか

わからないけど、

なんとなくピンとくる感じがする……

という場合にも、

とてもおすすめです。

 

話しはじめたら絶対に

自分のテーマが出てきます!

 

 

自分を愛することが

難しく感じられたり、

抑制、制限が強かったりする場合、

 

背景に 

インナーチャイルド的な設定や

自分を罰するような観念などが

隠されています。

 

他でもない自分が選択している

設定のため、

 

状況を脱するためには

古い設定を自分が認識し

解除する必要がある。

 

元気に走り回って遊ぶためには、

自分の傷のお手当をする必要があるように、

 

おいしいものを食べるなら

虫歯を治す必要があるように、

 

その部分をないことにして

よろこびの領域に進めないなにかが

あったりするのですよね。

 

 

傷や虫歯に向き合うことは

きが進まないことも

あるかもしれなませんが、

 

だからこそ

軽やかに、

笑いもいっぱいに、

 

たのしいおしゃべりの中で

ひもといていけたらと

思っています。

 

 

「つらくない」

「苦しくない」を

目指すのではなく、

 

「たのしくてしかたがない」

「快適でたまらない」を

当たり前にしていきたいですよね!

 

 

本当の意味で

自分を癒やすことができるのも

自分をしあわせにできるのも

自分しかいないのだと思っています。

 

自分という

自分の人生では宇宙一の有力者に

そのちからを思い出して

もらいたいですよね!

 

セッションのお時間は一緒に

「わたし」という領域を

徹底的に愛してほしい!

って思っています。

 

セッションで

お話をうかがえることを

こころからたのしみにしています!

 

 

Healingroom3

榎本かおり

 

 

 

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数年前の写真になりますが

「めくり」をつくってもらって

うれしかったイベントのときの写真を。

 

 

おしゃべりでセラピー。

これからライフワークにしてまいります!

 

 

 

 

 

 

 

2021年無条件の旅/母を見送ったお正月のこと


あけましておめでとうございます

あっという間の新年5日目です!

 

わたしは北海道の出身なのですが、

北海道でも最も寒い2月の生まれ

ということもあって、

原風景と言えば、やはり雪景色です。

 

お正月の期間中には

母の命日もあるため、

尚更に北海道を

思ったりもします。

 

 

もう何年も前のことになりますが、

何度思い返しても

母の最後は本当におみごとで、

 

急に倒れてから、

わたしが駆けつけ、

 

元々北海道の実家でお正月を

過ごすつもりだったため、

夫と娘も元々とっていた

飛行機のチケットがあったから

数日後に合流して、

 

母はそのまま意識を

取り戻すことは

ありませんでしたが、

 

数日を病院で一緒に

過ごすことができて、

晦日には病室のテレビで

紅白を見て、

 

あまちゃんの年だったため

あまちゃんメドレーが

盛りあがっていた)

 

一緒に年越しをしてくれてから、

母は肉体を脱いで行きました。

 

そのまま

悲しみに浸る余裕もなく、

親族のやることは

たたみかけるものなのだなと

知るのですが、

 

お正月時期の深夜、

慣れない雪道の運転で

役所に向かったり、

 

時間外窓口の入り口を探して

真っ暗な雪の中をさまよったり、

 

ドタバタもいろいろ

ありましたが、

 

母と一緒に過ごすはずだったお正月が、

急なお別れのときとなり、

頭が真っ白だった中、

 

逆にお正月期間であったことで、

親戚、友人、

みんなからだがあいていて

すぐに駆けつけてくれたり、

 

なにより

夫と娘がいてくれたことに

本当に支えられました。

 

 

お葬式がすんだあとも、

残るあれこれを片付けるために

わたしはさらに1か月くらい

実家に残りましたが、

 

夫と娘はお葬式のあと

元々とっていたチケットで

帰ることとなって、

 

この辺も

完全に母らしい

采配だと感じました。

 

この期間はとにかく、

 

たくさんの方が

それぞれの立場で

協力してくれたり、

きもちをよせてくれたりして、

 

体感としては、

突然ドラム式洗濯機

放り込まれて

ぐるんぐるんに

翻弄されるような

感じだったけど、

 

洗濯機の中には

止めどなく美しいものが

流し込まれているような

日々でした。

 

車庫にある大きな樽には

母の漬けた大根のかす漬けが

たくさん入っていて、

酒粕とお味噌とかで漬けた甘めのお漬けもの)

 

保存容器で自宅にも送って、

自宅に戻ってからも1か月くらいは

母の漬けものを食べることができました。

 

母らしい甘めの味付けの

お土産までつけて、

得意げな母の顔が

目に浮かびます。

 

 

突然のお別れは

本当に悲しかったけれど、

母は本当におみごとだった。

 

(近所にあいさつに回ったときも

「みごとだった!」とほめてくれる方も多く、

わたしが知らない母の爆笑エピソードを

聴かせてくれる方もいて、

お悔やみをもらうよりもうれしかった)

 

 

もろもろ済ませて、

埼玉の自宅に戻る

わけなのですが、

 

急に1か月以上という

長い期間休ませてくれていた

職場も本当にありがたく、

 

さらには、 

戻ったら戻ったで

いろいろやることが

溜まっていて大変だろうからと、

 

すっかり落ち着いてから

復帰するように

わざわざお声かけ

いただいたりもして、

 

この職場は

前回の記事の写真の

会社なのですが、

 

地域の主婦及び

子どもたちを支援したい、

という意図から、

 

スタッフはほぼ全員主婦という

ユニークな環境の職場で、

 

子育てはもうずいぶん前に

終えているような

人生の先輩もたくさん。

 

 

母を見送り

帰ってきたわたしに

 

廊下ですれ違うときに

「よくがんばりました!」

と短く労ってくれる方や、

 

たくさん休んでしまったことを

お詫びしようとすると、

「榎本さんが帰ってきてくれただけでいいから」

と言ってくれる方もいて、

(↑こんな殺し文句あります!? 今でも泣きそうになります)

 

みなさん、

家族を見送るということが

どういうことなのか体験済みで、

 

それがどういう仕事なのか

どういうきもちになるものなのか、

 

言葉を超えた理解と

さっぱりとあたたかな対応に

本当に胸がいっぱいになりました。

 

 

無関係なように思えて、

同じことと思っているのは、

 

車の運転をしていても

なぜか親切な人ばかりに

遭遇します。

 

パッシングで合図をくれて

どうぞ!って

譲ってくれる人が

ものすごくたくさん。

 

(こんなとき、

運転歴が浅い頃は余裕がなくて

お礼の合図ができずにいましたが、

最近はサッと手を上げて、

お礼の合図を返せるように

なりました!)

 

先日はウォーキングの途中、

車が途切れたら渡ろうと

道路の端で待っていたら、

 

横断歩道から2メートルくらい

ずれた場所なのに、

わざわざ車を停めて、

どうぞ!って

してくれる車がいて、

 

横断歩道でもないのに

なんかすいません!

って思ったのですが、

 

今年で半世紀

生きたことになるため、

 

出会う人出会う人、

知らない人まで

なぜ親切なのかということは

50年の検証結果として

結論に至っていて、

 

要はすべて自分の

波動ですもんね。

 

もちろん

「おや?」とか

「むむ?」って

思うようなことも

日々あると思うのですが、

 

あまり憶えていられない(笑)

 

フライングで感謝が溢れて

生きているところと、

 

おめでたい性格のおかげが

大いにありそうです。

 

 

「問題が解決するから心が楽になるのではなく、

心が楽になるから問題が解決するのだと思う」

 

 

ケルマさんの本で

ある体験をされた方の

ことばとして

紹介されていました。

 

 

自分の意識が先、

起こることは

すべてその反映。

 

今の地球は

反映されるまでの

タイムラグが

どんどん短くなって

いるようですね。

 

わたしにもまだまだ

いじけた部分があって、

全方位で自分を肯定できている

わけではないため、

(徹底的に無視してきた部分がある)

 

自分の目をそこに

向けさせるための

出来事というのは

必然的に起こってくること、

強く感じています。

 

自分のテーマを

無視し続けることは

できないのですよね。

 

(他でもない自分がテーマを

設定して生まれているから)

 

どんなプロセスに

あったとしても、

 

その時その時、

自分のために最適にデザインされた

出来事が目の前に起こっていると、

 

ポジティブもネガティブもなく

歓迎できるようになれたら

最強なのだと思います。

 

 

 

前回も

「これでいいのだ」の境地のこと

少し書いたのですが、

 

起こることに

「無条件の肯定」

がある上で、

 

「で、どうする?」

と自分軸で

選択、行動していく。

 

 

いつも

そうしていけたらなと

目指しています。

 

サレンダー&リリース

手放し委ねる姿勢、

 

というのも

テーマなり!

 

 

2021年は変化の年と

たくさんの方が

伝えられています。

 

変化にいつも

ウェルカムであること、

 

起こることはすべて

自分の意識の反映である

ということに

例外をつくらないこと、

 

意識を変えるだけでなく

行動もセットにすること、

 

 

大切だなと

感じられています。

 

 

昨日、ある方と

おしゃべりする機会があって、

途中からおしゃべりセッションの体と

なっていきました。

 

Zoomでのセッションのご案内は

来週はじめあたりになるかと思いますが、

 

エンジンのドライブが

ブンブンとまわりはじめています。

  

真あたらしい1年のはじまりに、

zoomでお会いできますこと、

こころからたのしみにしています!

 

 

http://healingroom3.com

 

 

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娘、里帰り出産で北海道で生まれました。

今はもう高校生です。

 

冬に帰ったときには

何時間でも外で遊び続ける。

(雪がめずらしくもない地元の子は

こんな天気のときはわざわざ外で遊びませんが)

 

 

母が亡くなり、無人となった実家を

数年間管理した間、

冬場の雪には本当に

神経を削りましたが、

 

(放置してしまったら

雪の重みで車庫が潰れたり、

水道管が凍結して

破裂してしまったり、

便器も水の凍結で割れたり

ということは北国では

あるあるなのです)

 

ときに命を左右するほどの

脅威となるのに、

春になったら

溶けて跡形もなくなる

 

というあたりが、

 

幻想でありながらも

リアルな出来事として翻弄される

人生のメタファの

ようでありますが、

 

春になったら

溶けるからと、

 

雪を放置するわけにも

まいりません。

 

自分の雪は

自分で雪かき!

 

自分の記憶は

自分でクリーニング!

 

自分の周波数は

自分で統合!

 

それが

集合意識にも

大きく働きかけることにも

なるのだあなあと、

 

ケルマさんの新刊

『地球統合計画NEO』でも

あらためて理解が深まっています。

 

 

いつもの景色と真あたらしく変わる自分

一応は東京への通勤圏という

郊外の住宅街に暮らしていますが、

 

そのわりに、

家のリビングの窓から見える空が

大きく開けているのは、

 

うちの小さな庭の向こうが、

 

裏のおたくの家庭菜園と呼ぶには

かなり広めの畑となっていて、

(柿の木と桃の木の借景もありがたい)

 

その向こうが

田んぼだったところを

宅地用に整地された

さらに広めの空き地で、

(今のところ家は建っていない)

 

その向こうには

道路をはさんで

まばらに家があるけれど、

 

その向こうは

やはり田んぼや

元田んぼであるために、

 

かなりの奥行きで

視界を塞ぐものがない

という立地のおかげです。

 

 

毎朝お茶を飲みながら

この窓からボーッと

空を眺める時間が

1日の中でも

とても好きです。

 

うちから少し離れたところに

たくさんの伝書鳩を飼っている

おたくがあって、

 

小屋から放たれた

鳩の群れが

毎朝上空を

旋回しています。

 

方向を転換するときに

羽の裏の白色が

朝日にちらちら光るようすが、

鰯の群れがうろこを

キラキラさせながら

方向転換するときのようで

みていておもしろいです。

 

どこを飛ぶのかは

きまぐれのようでいて、

なにか理由があるのか、

 

ある日は低めに飛んでいる

こともあれば、

ある日は上空はるか高く

飛んでいることもある。

 

庭木に水をやりがてら、

外に出て眺めていると

頭上を大きく

旋回していくときもあって、

 

人間なら橋を使って

大きく迂回しなければ

渡れない川の向こう岸へも

 

自在にいったりきたり

飛び回るようすは

羽というものの価値を

享受しているようで

痛快でもある。

 

と、

 

暮れも押し迫ってきて、

 

多少掃除をしたり、

お正月の準備を

したりしつつも、

 

頭の中が鳩のことだったり、

牧歌的に暮らしています。

 

11月12月はかなり意識的に、

よりのんびり過ごすこと、

からだのケアをすることに

集中するようにしていたのですが、

 

堂々とのんびりするときに、

 

うしろめたさとか

罪悪感って、

まだまだこんなに

感じられるのだなあと

とあらためて

思ったりもしていました。

 

 

誰目線をきにしての

うしろめたさなの?

 

って思うと、

 

自分が勝手にうしろめたく

思っているだけだったりするから、

 

(昼寝していようが

ふらっと出かけようが

家のものはなにも言いません)

 

本当にこういう

無用なうしろめたさや

罪悪感を一掃したい

って思います。

 

 

毎朝上空を旋回する鳩の他に

わたしが日常で

好きな景色といえば、

 

なんといっても

陸上競技場です。

 

外周コースをよく

歩きに行くのですが、

 

 

本気のランナーたちの

自分を追い込んだ

走り込みとか、

 

わたしを颯爽と

追い抜かしていく、

かなり高齢のかたの

頼もしい足腰とか、

 

 

見ているのが

大好きなのですが、

 

特にたまらないのは

大会や記録会のとき。

 

大会のようすを

横目に歩くのもたのしく、

 

ウォームアップとして

選手たちが外周コースを

使うのですが、

 

 

高校生や大学生が

よく訓練された

美しいフォームで

走る姿を見ていると

涙が出てくるほどです。

 

 

ストレッチとか

ウォームアップの

エクササイズのときの

真剣な表情も

観察してしまいます。

 

 

トップのタイムで

走れる選手というのは

ほんの一握りかと

思うのですが、

 

それでもそれぞれに

自分には走る理由が

確かにある!

 

という感じに

グッときます。

 

 

わたしは

歩くことは瞑想として

続けているため、

音楽やラジオを聴いたり

ということはしないのですが。

 

そうすると、

 

いつも必ず

思い浮かぶことがあって

思い浮かぶままにしておくと、

 

こういうことだったのかな、

ああいうことだったのかな、

などなど、

いろんな想念が湧いてくるのですが、

 

先日もやはり

同じことを思いつつも、

今までだったら、

まったく考えられなかった

ビジョンにつながって、

 

 

ひと言で言うと

「これでいいのだ」

というか、

 

赤塚不二夫先生による

この上なく簡潔な宇宙の真理!)

 

とにかく

全部これでいいのだ!

という、

 

ただ無条件の肯定と

暖かい感情だけに

包まれることになりました。

 

同じこと考えてても

今までとは違う発想、

違う展開になる。

 

何が起こったという

わけではないのだけれど、

 

タイムラインが変わる

ってこういうことだな

って実感がすごくあります。

 

 

昨日観た夢も

はじめて見るようなものだった。

 

今日は目覚める前に

ダイヤモンドのような

複雑な輝きの白い光の

ビジョンが訪れた。

 

 

 

かつてないシフトが

起こっている

まっただ中、

 

誰にもこたえはないの

だと思いますが、

 

結果が決まったゲームを

やりにきたわけでは

ないですもんね。

 

 

自分が選んだ1歩が

つぎの景色をつくる。

 

 

鳩たちの旋回を

眺めつつ、

 

陸上選手たちの

まっすぐな熱意に

震えつつ、

 

わたしはわたしの

今日の1歩を。

 

 

(あれ? なんか最後まで真面目だった……)

 

 

http://healingroom3.com

 

 

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古い写真を探していたら、

みつけたレアな写真。

 

以前の職場で食事当番の任務についているとき……。

 

カメラを向けられて笑っておりますが、

いつも余裕がなく、真っ青な顔で作っていました。

 

材料が直前までわからないことも多く、

こんなの家で作ったことないんですけど……

というメニューを作ることになったり

なかなかハートが鍛えられるのですが、

 

みんなその大変さがわかっているから

本当に感謝していただく雰囲気が

とても尊くて、

 

お互いのつくったものを

いただくことで、

深く理解しあえていたとも思う。

 

この職場は本当に、

たくさんのすてきな

思い出があります。

 

 

 

自立は宇宙のフリーパスチケット/声のメルマガ2021を聴こまい!

 

服部みれいさんの配信型のラジオ

声のメルマガ 服部みれいのすきにいわせてッ

 

スタッフとして

ブログやトピックスを

担当させていただいています。

 

声のメルマガ2021が

販売スタートとなっていますが、

 

新年から

月4回配信、1時間ほどの番組に

リニューアルされる予定で、

 

風の時代にぴったりの

より軽やかで自由な雰囲気で

みれいさんの声が届けられることと

なっていきそうです!

 

みれいさんは

とにかく多角的というか、

ひとり多次元と呼びたくなるほど

多彩で多才な方なのですが、

 

文筆家・編集者みれい

詩人みれい

セルフケア先導者みれい

ドスピみれい

社会派みれい

 

マーマーガールとも呼ばれる

みれいさんのファンであっても、

みれいさんのどの側面に

惹かれているのかというのは

それぞれに違ってくるのかなと

思っていて、

 

みれいさんの大ファンだけど

声のメルマガは聴いていないという方も

ある程度いるかと思うのですね。

 

わたしはスタッフではありますが

いちリスナーとしての目線でもあって、

 

みれいさんご本人の流れ、

そして大転換期を迎えている

社会の流れから、

 

声のメルマガは満を持して

ひとり多次元みれいが統合された

マルチみれいがいよいよ

「すきにいわせてッ」と

話し出すメディアに

なっていくのではないかな

って感じています。

 

初期の声のメルマガは

聴いていたけど、

今は聴いていない

という方にも超おすすめです!

 

 

今月いっぱい早割が

ご利用いただけるようです。

(1年パックがまるっと2か月分おとく!&mmbsクーポン付き!)

 

リンク張っておきますね。

 


 

わたしが担当させていただいている

 

声のメルマガ☆ブログも

「編集部員えのからのラブレター」

とのタイトルで、

 

みれいさんのパートナーの

福太郎さんから

「榎本かおり」ではなく、

「エモ本かおり」を名のっては!?

と言ってもらうほど、

 

声のメルマガへの、

みれいさんへの、

リスナーさんへの

ラブレターとして、

 

エモさ全開でお届けしています。

声のメルマガの配信毎に更新しています。

こちらものぞいていただけたらうれしいです!

 

声のメルマガ☆ブログ|声のメルマガ 服部みれいのすきにいわせてッ|note

 

 

わたしは長年のマーマーガールでもありますし、

 

声のメルマガの内容は

セラピストとしてのお仕事や、

わたしの今後の方向性などとも、

リンクしているようにも思えて、

 

みれいさんという存在はもちろん

声のメルマガというかたちが

とても意味深くなっている

このタイミングに

お手伝いをさせて

いただいていることと、

 

とても光栄なことと

感じています。

 

声のメルマガも

どんどん進化していますが、

 

わたし自身もどんどん

存在を更新していけたらとも

思っていて、

 

いろいろな相乗効果が出たら

おもしろいなと思っています。

 

 

これからしばらくは

大きな転換期として、

先行きが見えずらかったり、

ときに荒波に翻弄されることも

あるかもしれませんが、

 

待っていたときが来たと

いうことなのだと思いますし、

 

こころのことも

からだのことも

豊かで健やかで

満たされ生きるためには

 

「自立」ということが

マストになってくるのだ

ということ、

 

今ひしひしと感じています。

 

みれいさんは

「成熟」ということばで

お話してくれたりしますが、

 

自立というのは

突き放されるわけではなく、

 

時間の過ごし方も、

身を置く環境も、

しあわせのかたちも、

どこまでも自分らしく

デザインしていけるという、

 

宇宙のフリーパスチケット

なのだと思う。

 

 

みんなが自分に興味津々丸!

になって、

 

ケアが必要なら

きちんとケアをして、

 

自分の本当の声を汲んで

それを現実に反映して

満たしていくことが

できたら、

 

それだけで

病気やさまざまな問題の

大半は消えてしまうと

思えてなりません。

 

人がどう思うか、

常識的にどうか、

という

他人軸からは、

とにかく

じゃんじゃん

どんどん

遠ざかって、

 

ひたすら自分軸で

自分をしあわせにする

ことができるのは

自分しかいないのだと、

 

成熟していく道へ、

進んでいくしか

ないのだと思う!

 

わたしもまだまだ

道半ばではありますが、

 

今後の方向性も

とりくむタスクも

クリアになって、

 

とてもいい感じで

スピードが乗ってきているように

感じられています。

 

1月以降のよいタイミングで

「おしゃべりセラピー」の

セッションもスタートいたします!

 

(zoomなどのオンラインセッションです。

このブログでご案内させていただきます)

 

 

ぜひぜひ、

こちらでもお会いできたらうれしいです!

 

http://healingroom3.com

 

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ゲットです!!!


自分へのクリスマスプレゼントは本。

 

『好きに食べたい』思ったよりも分厚くて、冬休みにうれしいおたのしみ!

『地球統合計画NEO』もですが、装丁がヤバすぎます。

 

 

 

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ネットも利用しますが、

本屋で本を買うのがなによりも好きです。

帰りに荷物が重くなる感じも好きです。

 

10代のころは、本とレコードがなによりのよろこびでしたから、バイト代を握りしめて札幌の中心部に出ては、大型書店をめぐり、帰りのバス代ギリギリまで本を買いました。
米でも買ったのかというほど荷物が重くなります。

 

 

三島由紀夫レター教室』は

帯に小沢健二さんのエッセイがついた限定版。

めちゃめちゃ売れてるっぽい。

(持っている本だから、帯のために買ったことに)

 

『スピンクの笑顔』

スピンクシリーズのファンなのに、実は読めないままでおりました。

文庫版となって手にすることになりましたが、帰りの電車で開いて

あとがきを読んだだけで、電車に乗っている1時間ずっと泣けました。

 

(利用している電車はグリーン車があって、

泣いてても視線がないため、わたしはいつからか

電車で感情が溢れてならない

「泣き鉄」となりました……)

 

町田康さんとスピンクは人間同士以上に

自在に意思疎通できていたのだと思う。

 

これ以上に通じ合える存在は

もういないかもしれない相手を

失うということがどういうことなのか。

 

それでも顔を上げて生きて行くときの

人の思いというものが、

完全な丸腰で差し出される感じ。

 

楳図かずお先生の描く泣き顔のごとく、

目の幅で涙が出ました。

 

 

 

『しらふで生きる』も

まだちらっと読んだだけですが

すんごい名著です。

 

町田康さんがお酒をやめた理由について、

なにかに迫られて、というわけではない

というところがものすごく興味深い。

 

(ある種の啓示というかインスピレーションというか

実は神秘体験的ななにかが背景にあるように思えるのですが、

それを町田康さんならではの文体とユーモアで

読ませるところがすでに最高)

 

 

 

それほどたくさん作品を読んできたわけではないのですが

今わたしに遅すぎる町田康ブームが到来しています。

 

 

 

 

 

 

からだからタイムラインを変える!/からだもこころも循環とバランスと浄化やね

 

急激にからだアプローチに

シフトしております。

 

エネルギーを消耗しない、

エネルギーをつくりだすエクササイズ

というものにたどり着いています。

 

レーニングでもあるけれど

同時にケアでもあるというもの。

 

 

まだこれから学んで行くことになるため

正しく伝えられるかわからなくて、

具体的な情報が少ないですが、

 

まずはわたし自身が

自分を変えていきます。

 

 

「心身の自立なしに健康はありえない」

ということばにもガビーンときているのですが、

 

うつ病

インナーチャイルドの傷、

また、根強い形態形成場で

似たようなパターンから

抜けられないような場合、

 

からだを巡らせることで

脱して行く、という方法は

実はいちばんの近道なのでは!?

 

と思えたりもしています。

 

なにしろ

同じところを

抜けられないのは、

 

そのストーリーに

はまり込んで

依存や執着が

生まれてしまっているからで、

 

ストーリーを掘っていくアプローチの場合

またぶり返しやすいということは

どうしても否めないことを

ずっと感じてきました。

(鳥もちにつかまりやすいというか)

 

もちろんどの方法にも

効果があります。

 

そのタイミングの本人に

いちばんしっくりくる方法が

いちばん効果があるのだとも

思っています。

 

でも、

同じパターンから

抜け出せない場合、

 

押してもダメなら

引いてみな的に、


(ずーっと押し続けても

扉開いていないわけですもんね)

 

とにかくからだから

巡らせてみる、

 

からだから

バランスを調整する、

 

からだから

浄化する、

 

という方法は

 

ストーリーの罠に引っかからずに

タイムラインを変えていける

パワフルな方法かなって思っています!

 

 

苦しい状況が変わらない、

わかっているのに動けない、

望みがなかなか実らない、

 

この状況を脱するためには

とにかく

 

◎滞っている循環を巡らせる、

 

◎偏ったバランスを整える、

 

◎不要なものを浄化する

 

ということが必要で、

そのためには

からだとこころ

どちらからのアプローチでも

ありなのかなって。

 

 

 

偏ったバランスと整える

ということでは

 

わたしは霊性

精神性みたいなところに

興味が偏りすぎて、

 

それが思考的になっていって、

迷路を作り出していたかもしれず、


 

その突破口として

からだアプローチが急浮上していて、

 

 

自分の習慣を大きく変えているところ

なのですが、

なかなかくっきりと

効果が現れてきています。

 

エネルギーが活性化していて、

逆に思考はすごくシンプルになってくる印象。

 

めんどくさいな……

っていつもなら後回しにしてそうなことも

サクッと済ませてしまっていたりとか。

 

 

本日は冬至

 

明日はグレートコンジャンクション

という大きな節目を迎えていますが、

 

今すべては調和に向かうために、

大きく変動しているのだと思います。

 

まずは自分を調和させること、

 

こころとからだを整えること、

 

快適でしなやかで美しくあることは、

 

自分だけではなく

そういう世の中を作っていく

行為だと感じます。

 

閉塞感が強く、

肝心な情報が届かないような状況が

あるかもしれませんが、

 

窓の外がどうであれ、

それぞれが自分という部屋を

平和に美しく整えることは

今わたしたちの最大のミッションのように

感じられています。

 

今のわたしたちの内側が

そのままその先の世界をつくると

思うからです。

 

特にメディアのようすが顕著ですが

あまりにおかしなことだらけの

社会のようすと無縁でいる

ということではなく、

 

自分はその世界をもう共有しないという

意思表示がとても大切なのかなと。

 

それが対立的な表現にならない

ということにも充分

注意したいことだと感じます。

 

支配とコントロールの構造や

フェイク情報のからくりが

わたしにすらはっきりと

わかりやすく明らかに

なってきていますが、

 

ここで「打倒」という

ストーリーの罠にはまっては

本末転倒というか、

 

わたしは

「分離」を終えて

「調和」にだけ向かう

というストーリーに

参加しているつもりで、

 

いろいろな情報に

ふれています。

 

 

 

調和的な世の中へ、

 

ひとりひとりに

今できることは

自分の担当できるところを

小さくでも美しく整え、

豊かに耕すこと。

 

わたしは今

自分のからだから

はじめてみています。

 

 

http://healingroom3.com

 

 

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この棒はいったい!?

 

 

 

 

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こんなふうに使う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤドカリは貝には執着しない/幾星霜を超え次の物語へ!


ヤドカリで考えると

わかりやすいんだな、

って思いました。

 

大きな時代の転換期を迎えている

今のわたしたちのお話です。

 

ミナミAアシュタールさんの動画では

「絶対無限の存在」と呼んでいたりしますが、

(超次元ライブの最新シリーズの切り込み方がすごい!)

 

わたしたちの本体は

エネルギーというか

意識というか

物質的なこの肉体ではないため、

 

死んでも消えもしなければ

忘れもしないというか、

(むしろ全部思い出せる)

 

死ということも

ひとつの変化のかたちと思うと、

 

あらゆる変化は本当は

おそれるものでもないのかと思う。

 

 (まだまだいろんなことに

こころが揺れたりしますが

この理屈には心底納得しています)

 

自分がヤドカリだとしたら

貝の部分って

自分の環境やセルフイメージ

みたいな部分かなって思って、

 

本当はいつでも交換可能というか

選択肢はたくさんあるはずなのに、

 

貝の部分をこそ自分って

思い込んでしまったり、

 

居心地の悪さに

もう嫌気がさしている貝でも

依存から抜けられずに

出られないということも

大いにある。

 

 

人間がやどかりほど

気軽に自分の環境や

セルフイメージを更新できないのは

 

それぞれの物語があるからで、

 

その物語の中で

古い貝に

強い執着を感じるように

なってしまっていたり、

 

幻想の罪悪感から

その貝に自分を

閉じ込めて罰して

しまっているかもしれない。

 

この自分の物語への

入り込み具合によって、

お引っ越しの軽快さ困難さの

差が出てきそうだなと。

 

(どっぷり入り込んだこころ当たりが

あるからこそ思います……)

 

いずれにしても

すべては100%自分の選択です。

 

ヤドカリのお引っ越しって

本人の自由意志ですよね。

 

誰かがやってくれるものではないし、

タイミングも自分で決める。

 

わたしたちのエネルギーは

どんどん変容していくため、

貝もその時その時の自分に

フィットするものにどんどん

お引っ越ししていくのが

自然なのかと思えます。

 

今までは、

似た貝に移行しながら

徐々にいちばん望むような貝に

たどり着くような感じのイメージ

だったように思うのですが、

 

これからは

いっきにジャンプ!

みたいなお引っ越しが

じゃんじゃん起こっていくのかな?

とも感じられます。

 

今日書きたかったのは

ここからになってくるのですが、

 

現在の自分にフィットする

ピカピカで快適なあたらしい貝に

お引っ越しをしたとしたとしても、

 

単純によろこんだり

受け入れたりができず、

 

「以前の貝へのホームシック」

みたいになることって

あるなあって思うのです。

 

(これぞ、

エゴの声というか、

記憶の声というか、

鬼の罠というか

ひとことでいうと

「おためし」ですね)

 

 

実は

このヤドカリのお引っ越し的な

感覚を今わたしも感じていて、

 

先日占星術ホロスコープ

みていただいたことが

きっかけだったのですが、

 

 

今というときは

誰にとってもそういうとき

なのかと思いますが、

 

わたしもまさに

「生きながら生まれ変わっている」

とのことで、

 

ホロスコープから見る

今までの流れは

ちゃんと己を信じて

進んできたやん自分!

みたいな思いもありましたが、

 

より自己統合を進めるためにも

 

浮上したことがあって、

 

わたしは太陽星座が魚座ということもあって

ずっと霊性の探求に興味が偏っていて、

肉体性にあまり向き合ってきませんでした。

 

外見的な部分は特に苦手意識があります。

(メイクとかファッションとか)

 

ここのバランスというか

循環をよくすることというか

 

霊性と肉体性の調和」

ということが

今後のテーマとして

はっきり出てきました。

 

実は過去に受けたセッションでも

何度も出てきたテーマでもあって、


以前電車で隣り合わせた方が持っていた本から

このことについて熱く語ることになったり、

(知らない人と「霊性と肉体性の調和」のお話(笑)

不思議ですてきな体験だった!)

強い導きは感じていたのですが、

いよいよ手をつけるときという感じです。

 

 

先日ケルマデックさんのセッションでは

「おしゃべりセラピスト」を

命名していただいたのですが、

 

占星術のセッションの中でも

あらたなキャッチフレーズをいただいて、



なんだかそれは

ヤドカリ的にはすごくすてきな貝への

お引っ越しになっていきそうで、

 

今までのわたしが

選んできたような、

 

地味だけど居心地最高!

みたいな貝とは

ひと味もふた味も

ちがう貝というか、

 

しっくりくるかというと、

まだそうではないけれど、

 

でももう、

四の五のいわずに

次の貝に引っ越しせな!

ってなって、

 

(中途半端に関西弁混じりなのは

町田康さんが登場する動画を

最近よく観ているせいです。

おまけのコーナーで語りたいのですが

町田康さんによる現代語訳の

こぶとりじいさんがやばかった!)

 

でもいざ

見た目も華やかそうな貝に

お引っ越しを決めてみると、

 

前の貝だって

いいところあったやん……

みたいな気持ちが

湧いてきたりもして、

 

ヤドカリがホームシックに

なったりするんだなって。

 

 

感覚としては

自分の前の物語が終了していないのに

次の物語がはじまっちゃう感じというか、

 

今まで見ていた

映画のラスト観てないまま、

 

次の映画はじまっちゃう、

みたいな感じがして、

 

「ちょっとまって!

あんなに伏線だらけだったのに???」

 

って

なっちゃう感じはあるのですが、

 

本当にこれは

単純におためし

なのだと思います。

 

 

たとえばではありますが、 

前の映画が愛憎渦巻く

ヒューマンドラマみたいな感じで、

 

あたらしくはじまった映画が

爆笑&大好きなスターだらけ!の

コメディみたいな感じだったとしたら、

 

 

これからの自分は

どっちが観たい?

という選択があるだけだと

思うのですが、

 

ここで

いや決して観ていて

たのしいわけではないけど、

 

あの悪役がぎゃふんと言って

大団円となったところを

観るまでは愛憎劇で……

 

みたいな執着で

愛憎劇を見続けることは

そろそろ危険かなと感じます。

 

(悪役に見える人も

実は自分の反映として

その役をやってくれている

存在というだけですもんね)

 

 

いわゆる二極化という表現は

現在の状況を

すごくわかりやすく

簡略化したものかと思いますが

 

愛憎劇とコメディの分かれ道は

最初は50センチ、1メートルと

それほど離れていなくて

すぐにあちらに移れるような

距離だったとしても、

 

物語にはまって道を進み続けている場合

いつの間にかあちらの道が見えないほどに

離れていたりするのかなって。

 

 

 

わたしの場合、今までの物語に

悪役というのもいなったのですが、

それでも、物語の流れというのはあって、

「いきなりちょっとまって!」的な

思いも湧いてきたりしたのですが、

 

(いきなり次の物語がはじまると

今までの自分ってなんなんだっけ? 

とポカーンってなるところはある)

 

ごちゃごちゃ考えずに

あたらしい映画を

見はじめることにしました。

 

鬼滅の刃

最終巻が出て、

 

おまけとして

登場人物の子孫が登場する

現代が描かれた作品が載っていましたが、

 

物語を閉じてこそ

次の物語がはじまる。

 

鬼滅には大団円が

あったじゃないと

いったらそうかもしれないけど、

 

でもたくさんの死もあって、

そこから悲しみやうらみの

物語に居続けるという選択も

ある中で、

 

そのタイムラインは選んでいない

ということになりますよね。

 

 

ヤドカリは居心地が悪いなら

結末にこだわらずに

違う貝を選べばいい。

 

今だ!というタイミングは

実は絶対自分でわかるはず

とも思う。

 

前の映画の結末にこだわらずに

物語を乗り換えられた場合、

 

実はあたらしい映画で

前の映画で伏線的に

放置されたことも、

昇華されるように

思えています。

 

 

と!いうわけで、

 

わたしはうつくしく快適な貝へ

引っ越したヤドカリとなり、

 

これからは

数ヶ月ひとり合宿というか、

ひとりプロジェクトを続けつつ、

 

あたらしい貝と自分を

しっくりさせていきたいと

思っています。

 

どういうかたちで

発信していくことになるかは

まだ手探りですが、

 

今後は

おしゃべりセラピスト

エ〜ンド

ボディワーク的美容的なにか

みたいなことをやっていく予定です!

 

それがわたしの

グレートコンジャンクションなのでは

ってことで、わたしもそう思えました!

 

風の時代を

ぶっちぎってまいりたいです!

 

 

http://healingroom3.com

 

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最終巻のタイトル

「幾星霜を煌めく命」

 

幾星霜を超えたからこそ、

わたしたちはもうあたらしい時空をえらぶとき!

 

 

 

そして……

 

 

ここからはおまけコーナー!

読まなくて大丈夫なやつです!

 

細野さんのラジオのゲストが

青葉市子ちゃんで

(新譜「アダンの風」すごそうです!)

 

以前、踊ってばかりの国の下津くんと

青葉市子ちゃんのツーマン

みたなあって思ってたら、

(ご一緒したあいあいはおげんきかしら???)

 

YouTube見てたら

どんと生誕祭なるライブに

下津くんが出ていて、

 

おめでとう - YouTube

 

 

さちほさんがベースを弾いていたのにも

さちほさんがラキタくんと共演していたことにも感動した。

 

このライブを東京でやったときは

町田康さんもご登場だったようなのですが、

 

その町田康さんが

熱海でご近所さんという

NOKKOさんのラジオで

スピンクのお話をしてたのも

めっちゃグッときて、

 

どんとがつくった最後にひとつという名曲はNOKKOさんにつくった曲だったと思います。

 

【NOKKOのオカエリ ただいま。】2020年3月14日(ゲスト:町田康さん!) - YouTube

 

10代に好きだった方たちや

あたらしく好きになった人が

こうしてつながっていることに

感動するのですが、

 

 

最終的にたどり着いたのは

こちら……

 

(笑必至)町田康による「こぶとりじいさん」創作現代語訳 朗読 - YouTube

 

宇多丸氏が涙を流して笑ったという

こぶとりじいさん」の現代語訳を朗読しています。

 

爆笑です!

 

 

レンタルCDでせっせと「INU」(町田康さんが町田町蔵だった時代のバンド)などを借りて聴いていた10代の自分と(札幌郊外の住宅街なのになぜかINUとか置いてくれていたそのレンタルCD屋、わたしがあまりにもよく通うため、のちにスカウトされてバイトすることに)もうすぐ50になる自分はなにも変わっていないと思う。ヤドカリがいくら貝を引っ越してもかわらない部分は、貝じゃない本体の部分で、自分軸はいつもここにある。