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Healing room 3

日記、および公開ラブレター!

本物の果実をとりなさい

わたしが住んでいるのは、

ぎりぎり都内通勤圏ぐらいの

埼玉県の某市。

 

家のまわりには田んぼも

たくさんあって、

ちゃんとくねくね曲がって

流れている川があるような

のどかな場所です。

 

出身は札幌なので、

東京に出てきたときは

それはそれは楽しくて、

代官山!自由が丘!

と浮かれていましたから、

 

もういつまで経っても

お上りさん体質は

抜けないのですが、

 

子育て期間を経て、

すっかり郊外の暮らしになれた今、

ときどき都内へ、

特に混雑した中心部に出かけると、

 

(うきうきと出かけてはいるのですが)

 

都会というのは

集団催眠のようだなと感じます。

 

これを持っていないとイケてない。

これを使いこなせないと遅れている。

 

みたいな暗示がすごくて

 

それって、

まったく違った位相から見れば、

ほんとうに空っぽの、

空っぽの世界すぎて、

 

はだかの王様

全部バージョンみたいな

気がするのだけど。

 

(ほんとうの景色は、夜空のように

ただ命のひかりだけが光っている

だけのはずだから)

 

集団催眠にかかる楽しさも

十分味わってきた上で、

今、つくづく思うのは、

 

ほんとうに自分にとって

価値があるものは

 

買うことはできないし

コントロールもできない

ということ。

 

 

わたしは結婚指輪も

買っていないのですが

 

もともとアクセサリーは

つけないし

全然、

ほんとうに全然

欲しくなかったから

買わなかった。

 

夫はぜんぜんイケてもないし

(失礼)

趣味も違うし

(根っこは一緒だけど)

甘い、恋愛期間みたいなものを

経ずにいきなり家族!

という感じの相手で、

 

結婚して15、6年経ちますが

(それすら憶えてられない…)

 

なんということはない毎日にも、

わたしはとても大切にされている

実感があって、

 

つまらない言い合いみたいなことは

当然あるのだけど、

 

夫には

決して洗練されてはいないけど

(やっぱり失礼)

100年余裕でもつ家みたいな

感じがあって、

(とにかく言葉より行動の人です)

 

わたしはそこで

自由にふるまえる猫の

ようでいられることに

とても満足している。

 

別に指輪を買ったって

同じだけど、

その満足があれば

指輪もなにもいらないって、

思ってる。

 

 

 

おととい、自転車で出勤したときのこと。

 

会社のある東の方向の空には

朝日が雲間から放射状に

白い光を放っていて、

 

視界を遮るものがない

田んぼエリアを自転車で進んでいると

その光に吸い込まれていくようで

 

前方不注意で危険なくらい

空ばかり見ながら

疾走していたら、

 

 

 なんとなく


「このままであってるよ」

って言われてる感じがした、

 

IHのお仕事をはじめること、

そのほか少し迷っていたことに

対してのメッセージとして受け取る。

 

さらに、

「今にあれ」とも。

 

これは完全に心当たりが…

ある前世の記憶が急にアクティブになっていて

最近それにとらわれすぎている…

 

常に目の前に起こってることが

最高のことだから、

そこにフォーカスしなさいと。

 

もうひとつは

 

「本物の果実をとりなさい」

と。

 

お金で買えない、

コントロールもできない

 

自分をほんとうに満足させるもの。

 

誰がいいって言ってたからとか

これを持ってると有利だからとか

価値があるとされてるからとか

ではなく、

 

自分のためだけの果実。

 

それはもうよく熟して

目の前に実っているのかもしれないから

そのときは見逃さずに

自分の手でとるんだ。

 

 

先日の水脈のお話と

おなじように

その果実もやはり

自分にしか

とることができないのだと思う。

 

そんなフルーツ狩りの

お手伝いも

Healing room3の

大切なお仕事にできたら

いいです。

 

 

今日は冬至

職場のロッカーがある部屋には、

 

「ゆず湯にどうぞ」

と紙袋にいっぱいのゆずが。

 

ご自宅にゆずの木がある方が

持ってきてくれたもの。

 

おかげで

5個も6個もゆずが浮かんだ

ゆず湯に入ることができた。

 

 

朝、犬の散歩に出かけたとき

通りかかるお宅のおばあちゃんは

いつもわたしの顔を見ると

「白菜はあるの?」

などと聞いてくれて、

畑のお野菜を 持たせてくれる。

(ご自分たちの分だけを育てている

大きすぎないとてもすてきな畑!)

 

 

そこのお宅にも

犬がいて

犬の名前が同じ

”モモ”だということ以外は

お互いの名字も知らないのに。


荷物になっちゃうから、

ごめんねと言って。

(わたしはいつもお礼がしきれない)

 

立派な白菜と

花瓶にさして

鑑賞したいほど

みごとな葉っぱの大根を

いただいて帰る。

 

わたしはこういうことが

ほんとうにすき。

 

 

買うことも

コントロールすることもなく

受け取る恵み。

 

それは相手があってはじめて起こることだし、

自然のようにコントロールすることができない。

 

何日までに届けてくださいといって

ネットでは買えないもの。

 

 

 

大根の葉は

じゃことごまと炒めて

ふりかけに。

(娘の好物)

 

白菜はストウブで

豚バラ肉と重ね蒸しにしました。

(やはり娘の好物)

 

冬至のかぼちゃは

豆乳でポタージュにして。