Healing room 3

日記、および公開ラブレター!

できれば(笑)を

宮藤官九郎のドラマが

放映中で、

 

キョンキョン

満島ひかりちゃんに

夏帆ちゃん(レキシネーム“我が家の家宝”)

と小顔見本市みたいだなって

思いますが、

 

あまちゃんのころ、

宮藤官九郎

NHKの番組で話していた

学生時代のエピーソードが

いまだに忘れられません。

 

宮藤さんが

高校生だったとき、

 

男子校で上下関係が

厳しく、

 

文化祭では毎年

体育館の舞台で

部活ごとに

1年生が

なにか出しものを

披露することになっていて、

 

できが悪いと

生卵が飛んでくる

という風習があった。

 

宮藤さんが

2年生だったとき、

後輩の1年生が

あまりに萎縮して

怯えているので、

 

宮藤さんは

「お前ら出なくていいから」

と言って、

 

ひとりで漫談をやったところ、

 

これがひどくうけた。

 

さらに翌年に至っては

漫談に加え、さまざまな

出しものを宮藤さん

ひとりで引き受け、

 

これまた

ドカンドカンと

うけて、

 

結局1年生が

矢面となって

出しものをやるという

風習自体が無くなった

のだとか…

 

なにげに、

すごい話だと思う。

 

反旗ではなく、

笑いで

どうかと思う慣習を

消し去ったのだし、

 

争わずして

武器を置かせた。

(卵だけど)

 

相手も笑いという

よろこびの内に

招いて。

 

最高に品のいい

態度だって思う。

 

 

宮藤さんの作品も

 

実は隅々のキャラクターにまで

愛が配られているって思う。

 

笑いの内に。

 

 

 

さてさて!

 

インナーチャイルドセラピスト講座

7日間の学びを修了いたしました…

 

講師のトリシアは

本当に愛情深い方で、

 

何年も前の

クライアントの例を

話すときも思わず声を

つまらせることが

何度もあった。

 

愛に溢れた、

またユーモアにも満ちた

太陽のようなすばらしい存在。

 

トリシアのヒーリング方法が

なにも道具を使わないもので、

(呼吸を使ったり)

 

クライアントに自由に

選んでもらえるような

クリエイティブな

ものだったところも、

 

わたしにとって

今すぐ取り入れたい

部分でした。

 

一方で、

 

この領域のセラピーを

切り開いてきた方からの

学びを得て、

 

これからの

あたらしい時代に

役立てていくことを

考えるとき、

 

選ばない部分も

あったことも

確かです。

 

最高に大切にされるのは

子どもたちだと思うので、

(内なる子どもも、リアルな子どもも)

 

そのための意見は

敬意に反する

ものではないと

確信して

書きます。

 

まず、わたしは

退行という手法のセッションを

行うことはないと思う。

 

セッション中

クライアントの主導権が

明解でなくなるところや、

 

クライアントがむしろ

それを望む感じがあるところに

惹かれないからです。

 

 

誤解があっては

いけないのですが、

 

優れた退行療法家の方も

絶対にたくさん

いらっしゃいます。

 

ただ、この手法は

セラピストの質が

左右する部分が

大きいのだと思う。

 

場合によっては

正直リスクが

あるものだと

わたしは感じた。

 

セラピストの質といっても

技術でも知識でもなく、

 

クライアントが

完璧な存在で

あることを

尊重して、

 

うまいへたじゃなく

 

自分がただ

愛である態度だって

思うのですが、

 

講座に参加している間、

 

実習で組む人によっては

逆にわたしのインナーチャイルド

萎縮してへこんで帰ったことが

何度かあった。

 

個人としてはみなさん

好感を感じてならない

ような方ばかりでしたが、

 

わたしのインナーチャイルド

すでにある型にはめられるようで

最高にいやだった体験もあった。

 

やっぱり誤解を招いてしまい

そうなので、

 

もういちど言うと

 

優れた退行療法家も

もちろんたくさん

いらっしゃるはず!

 

少しもこの方法を否定する

ものではありません!

 

 

もうひとつ、

 

わたしがこの期間

胃が痛くてたまらなくなるほど

実はしんどかったのが、

 

インナーチャイルド

ワークが

 

子どもにとって

インナーチャイルドもそのまま子どもなので)

こんなに過酷なものだと

知ったからです。

 

これは心理学的背景が

あるからなのだと

思うのですが、

 

トラウマになった出来事に

繋がるとき、

 

何度も何度も

ネガティブな感情を

言葉として繰り返す

場面があるのですが、

 

これがわたしには

耐えがたかった…

 

クライアント側としても、

セラピスト側としても。

 

言霊的にもですし、

 

解放のためとは言え、

 

もうその子が

いやと言うほど味わった

そのネガティブな感情を

なんども唱えることで、

 

まだまだホカホカに

存在する生傷に

 

再び血を流すような

追体験をさせることが

本当に本当につらかった。

 

さらに、

 

ひとつのトラウマに

対してその発端となった

出来事にアクセスして、

 

クリーニングを

行うと、

 

次のトラウマも出てくる。

 

問題と浄化は

タマネギの皮むきって

表現があったけど、

(何層にもなって続くってことで)

 

問題

ヒーリング

問題

ヒーリング

 

みたい無限ループに

はまって、過去に

意識が集中してしまって、

 

肝心の

現在の自分から

フォーカスが逸れる

ことも感じる。

 

(ホ・オポノポノも無限クリーニングですが

ポイントがいつも今の自分にあるから

わたしは実践しています)

 

セラピーのこれまでの

背景としては

必要だったことも

十分理解できて、

敬意を感じているけど、

 

でももう、

タマネギ自体

本当はないよね…

ってことが

開示されていることを思うと、

 

いきなりそこに

ワープはできない

にしても、

 

子どもに(インナーチャイルドに)

その苦行をさせることを

これからの時代に

わたしは選ばない。

 

高尾山に新ルート?!

みたいなあたらしいコースが

できるって思うから。

 

インナーチャイルド

リアルな子どもと

一緒って思ってる。

 

気が重くなるような

カリキュラムの

幼稚園や学校に

子どもがよろこんで

来てくれることは

ないと思う。

 

子どもとはいえ

本人がやらなくてはいけないことは

本人がやらなくてはいけないけど、

 

どうしたら学校に

よろこんできてくれるかな

って考える。

 

同じことがどこでも

できるのだから、

別に学校じゃなくても

かまわないし。

 

 

いきなり話は

飛ぶようですが、

 

北海道の実家に帰るとき

陸路+青函連絡船で帰ることがあって、

(犬がいるので、飛行機がかわいそうで、なるべく陸路。

青函連絡船には犬用の部屋もあったり、道中も結構楽しい)

 

経由する函館で、

 

有名なご当地

ハンバーガーショップ

ラッキーピエロ

行ったときのこと。

 

何事もないように

案内された席が

 

ふたりがけの

ブランコで(笑)

 

娘とふたりで

座ったのですが

(テーブルをはさんで

向かい側は普通のイス)

 

お店の中で、

 

テーブルに

ブランコ、

 

という状況が

 

想像以上に

脳を混乱させて(笑)

 

食べるどころではないほど

笑いが止まらなかった

ことがありました。

 

イスとして

存在するブランコは

一見かわいいのですが、

 

微妙にゆれながら

食べることが

想像を超えて

不思議体験だった。

 

もうひとつ。

 

我が家から車で

気軽に行ける距離に

「森林公園」という 

国営公園があるのですが、

(娘が小さい頃から季節ごとによく行く)

 

ここには

ポンポコマウンテンなる

巨大屋外トランポリンが

あって、

 

マウンテンというだけに

デコボコと山のように

隆起したかたちの、

 

駆け回れるほど広い

トランポリンで、

 

休日は子どもたちで

いっぱいではありますが、

 

寒い季節の

平日に訪れたとき、

 

貸し切り状態で

そのトランポリンで

跳ねている若いカップルがいて、

 

ブランコで食事同様、

 

トランポリンが

いつもは味わえない

愉快な身体感覚を

もたらしてくれるらしく、

 

そのカップルが

もうゲラッゲラ笑って

ずっと跳ね続けていた。

 

このトランポリン、

わたしも娘が小さい頃

よく一緒に遊びましたが、

 

結構大人が一心不乱に

その場で跳ねてる。

(ある種瞑想状態?)

 

大人のほうが

普段は絶対しないような

からだの動きをしてみると

いいって思う。

 

からだから外れていくというか

解放されていく部分があるって

感じるから。

 

解放というのは

やっぱり楽しみの内に

訪れる気がするんです。

 

ゲラゲラ笑ってたら、

あら?問題なんだっけ?

みたいな。

 

 

冒頭の宮藤官九郎

使った方法と同じだと

思います。

 

笑いの内に

問題解決。

 

インナーチャイルド

問題については、

 

本当にヘビーなことも

たくさんありますから、

 

笑って、とか

よろこびを感じて、とか

言うと、

 

不謹慎って

感じる方も

いるかもしれない。

 

でもしつこいようですが

インチャもまた

ただ子どもだとも

思うから、

 

まずはもう安全なんだよ

って知ってほしいし、

 

大人の自分という

すべてを知って

味方してくれる

頼れる存在が

今はあること、

 

これからずっと

話をきいてくれる

ことも知って、

心の底から

安心してほしいし、

 

そして、もしそうしてくれるなら、

 

ただ夢中で遊んでみてほしい。

 

 

http://healingroom3.com

 

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父が撮ったわたしの写真。父は写真が上手だったと思う。手に持った棒がよい。小っちゃい賢者みたいで(実際はどうであろうと)。

北海道では棒のことは「ぼっこ」と言います。上京して、何気に使ったところ、ひどく笑われました。「ぼっこ」でいいべさ。

夏で海なのに、海に入ってる人がほとんどいないのは、水温が低いから。

 

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父と母の生前。冬の帰省時。父が庭にソリ滑り用のスロープをつくってくれていた。

プライベートビーチならぬ、プライベート雪山を楽しむ小さかったころの娘と同じくらい楽しむ母。

子どもは本当に雪が大好き。どんな風にも遊べるし、何時間遊んでても寒いなんて言わない(地元の子は見慣れすぎてて、そこまでではないけど)

 

できれば(笑)を。


タイトル、元ゆらゆら帝国坂本慎太郎さんのアルバムタイトル「できれば愛を」を元ネタとさせてもらいました。


だれか気づいてくれてたらうれしいです。