Healing room 3

日記、および公開ラブレター!

感じたことを信じる


娘が小さかった頃には

そんなことしてみようとも

思ったことがないのに、

 

キッチンばさみで

のりを切り、

 

弁当持参の

娘にこっそり、

 

ピアノを模した

のり弁を作成

いたしましたのも、

(二段弁当の一段を完全にピアノにした。おかかはご飯の内側にね)

 

この日は学校の

合唱コンクールの日で、

 

目立つことは苦手なのに、

 

ことピアノの伴奏については

小学校の頃から

並々ならぬ情熱で

その座を射止めてきた

娘の演奏を、

 

学校の行事で見るのも

これが最後か…とか、

 

親的に盛り上がってしまって、

 

思わず弁当も

ピアノのり弁に。

 

 

娘、蓋を開けて、

 

よろこんだわけではなく

苦笑しただけだったようです。

 

友だちもウケてたと。

 

まあ、のりで黒鍵を作る

細かい作業が途中で

嫌になって、

 

明らかにクオリティも

低かったです。

 

そもそも中3ですしね(笑)

 

 

本日は親バカネタを

お許しいただきたいのですが、

 

娘が伴奏したのは

 

“信じる”という

合唱曲。

 

彼女はピアノの時には

緊張しない。

 

ものすごくうまいというわけではないけど、

ものすごく堂々としている。

 

彼女には彼女の音楽が流れていて、

 

それには不思議と

安定した確かさがあると

いつも感じる。

 

娘の中にはわたしのまったく

知らない広い広い領域が

あることを教えてもらうようでもある。

 

 

何度も書くのも何ですが

 

ものすごくうまいわけでもないのに

ってところに感動するのです。

 

 

「信じることに 理由はいらない」

と歌うこの曲の歌詞は

谷川俊太郎さんのものだった。

 

 

目の幅で泣く。

 

 

信じることに理由はいらない

 

(こっからは歌詞じゃないけど)

 

好きなことに理由はいらない

 

感じることに理由はいらない

 

 

ブルース・リー

 

Don’t think. Feel!

 

ともまた同じに、

 

思考の手前の、

 

純粋な衝動を

信じられるか?

 

そのレッスンは

毎秒あるのかもしれない。

 

 

唯一の時系列があるのではなく

 

パラレルワールドを繋いで

連続した時間だと思っている

のだとしたら、

 

パラレルのどこに

つながるのかは実は

いつも自分の選択で、

 

どれが正解もないけれど、

 

その純粋な衝動で

毎瞬選択できていれば、

 

意図は自ずと

顕在化するのだろうと思う。

 

 

シンプルなのに

 

それがなぜか

なかなかできないことも

 

セッションを通しても

 

自分自身のこととしても

感じていますが、

 

古いパターンに慣れた

細胞には喜びや解放の

パターンが入っていかない

理由もわかって、

 

結構ここは

地道なワークだなって思う。

 

 

地道な自己認識あっての

時短コースなのかと。

 

 

 

本日はハロウィンだそうですが、

 

コスプレするならこれでしょうか。

https://www.rouishin.com/GOODSDETAIL-181

 

永遠の憧れ!ってあります(笑) 

 

 

http://healingroom3.com

 

 

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神聖幾何学を学んでいます。

 

何か新しい知識を得るというよりも。

真理は普遍で、ただ複数の視座があるということ、

 

それには上下も、優劣も、善悪もないのだということを、美しさの中から感じとるような時間。