Healing room 3

日記、および公開ラブレター!

センチメンタルな旅 浮遊の旅

アラーキーの有名すぎる写真集

『センチメンタルな旅 冬の旅』を

もじってのスタートです。

 

ダジャレや語呂合わせの増加と

年齢の増加が

完全に比例することの

研究は後日として、

(世界的にそうなのでしょうか?)

 

本日は大変に

おセンチです。

 

今月は母の命日があって、

 

亡くなった父のことを

強く思い出すような

こともあった。

 

親のことには

いくつになっても

ただの娘の気分になって

メソメソしてしまいます…

 

北海道の実家を

手放すことに決めたのは

去年の夏のことでした。

 

過去の記事で

そのあれこれを

少し書かせても

もらいましたが、

 

数年負担となっていた

実家の管理からの解放感と、

 

いよいよ実家を

手放す寂しさが

入り交じって、

 

複雑な感情は

ありつつも、

 

ご縁により

スーパーチームみたいな

専門家が結集して、

 

問題となっていた部分を

見事に解決してくれて、

 

まさかのスピードで

売却が進みました。

 

(実家の近所の同じ築年数の家が

何年も何年も売り出し中のまま

だったのでそうなる覚悟だった)

 

入居者ではなく

業者さんへの売却だったので、

その後どうなるのかは

もうわたしの耳に

入らないのかなと

思っていたところ、

 

昨年末、

 

「無事入居者が決まって、

クリスマスに全て完了したようです」

 

と仲介してくれた業者さんが

連絡してくれて、

 

間に入ってくれた業者さんだから

もはやそんな義務もないのに、

 

信じられないくらい

すてきにリフォームされた

内装の写真を送ってくれて、

(このリフォームを担当してくれたのも

ものっすごいお世話になった方で…)

 

さらに

「個人情報なので本来なら

伝えるべきではないのでしょうが…」

と言って

 

購入したのは

シングルマザーの女性で

小学生の女の子がいること、

 

小学生のおじいちゃんに

あたる方が頻繁に訪れては

家の傷んでいる部分あちこちの

修理に張り切ってくれていることを

 

伝えてくれました。

 

わざわざのご連絡は

わたしの気持ちの

整理のためを思っての

配慮だったと思います。

 

感謝があふれました。

 

このことを知ってると

知らないとでは

大違いだったと思うから。

 

美しくリフォームされた

実家の写真に

まず涙が溢れましたし、

 

大切に修理してくれる

おじいちゃんがいることも

うれしかった、

 

高齢化が進んでいる

ご近所のみなさんの

ことを思っても

うれしい入居だと思えます。

 

なによりあの家で

また子どもが育つ!

ということが

あまりにうれしくて、

 

いっぱい涙が出ました。

 

その女の子は

わたしの

使っていた部屋を

使うでしょう。

 

2階のいちばん

いい部屋だから。

 

わたしが

いっぱい本を読んで

いっぱい音楽を聴いて

 

自分だけの

きれいな世界を

いっしょうけんめい

作っていた場所。

 

外には

 

死ぬほどきれいな雪が降って

 

音を全部吸い込んで

 

死ぬほど静かな夜がくる。

 

わたしはそこで

育ちました。

 

なにができても

できなくても

 

息をしてるだけで

ほめられるようにして。

 

その小学生の女の子にも

たくさんの美しい時間が

ありますように。

 

そんなことを

祈れるなんて

思ってもみなかった。

 

母を見送ってからの

実家のことは、

全部がおとぎ話

みたいです。

 

とはいえ、

おセンチもほどほどに

しないとですね。

 

よし!

 

話変わって

先日インド占星術

ホロスコープ

見ていただた時のことを

もう少し。

 

気になっていることを

相談させてもらった

場面があったのですが、

 

「とにかく時間がかかる」

「どこまで行ってもスカッとはしない」

「バランスが悪いままがバランス」

「でも逃げないことが大切」

 

というような

お応えをいただきました。

 

要するに

「ずっとモヤモヤ」(笑)

 

納得できるだけに、

ガックリきました。

 

実家のことのように

おとぎ話みたいな

エンディングを

何にでも求めてしまい

そうになるのですが、

 

多くの問題は実は

スカッとはしないのか…

 

でもとり組む意味がある…

 

モヤモヤモヤモヤ…

 

 

先日顔を合わせた

Sちゃんとも、

 

問題がすっかり

なくなるってことは

ないんだねって

話をしてて、

 

でもそのおかげでこうやって

お互い相談できたり

共有できたりするんだね

って話したのですが、

 

問題そのものに

加えて

 

このスカッとした解答が

得られない状況が続くことが

つらくてならない場合も

多い気がします。

 

インド占星術

みていただいた

Mさんは

 

このわたしの件については

 

無理に白黒はっきり

させようとすると

「ひずみが出る」

って表現されてて、

 

インド哲学

ベースですので

カルマの解消の

観点からの

お話だったのですが、

 

できるだけ早く白黒を!って

なっちゃってたわたしには

あたらしいスタンスに

感じられました。

 

モヤモヤサーフィンです。

 

モヤモヤの波の上の

浮遊状態でも

 

実はその時その時で

お楽しみもあれば

 

前進もある。

 

味わい深い、

浮遊の旅です。

 

まだ心からその境地に

至れていない気もしますが、

 

センチメンタルな旅

浮遊の旅。

 

無事タイトルに記事が

おさまりましたことに

安堵して。

 

 

http://healingroom3.com

 

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おセンチついでに。

さの(左)とこより(前)とわたし。

 

さのは中1で同じクラス、運命的な座席。

こよりは中2から高3までぶち抜きで全部クラスが一緒。やはり運命的。

 

不思議ちゃんがすごすぎて口から魂の3分の2ぐらい

飛び出させてふわふわ生きていたわたしが、

まるでまともな人のように学校生活を送れたのは

このふたり無くしてはありえません。

 

不義理なわたしが、実家の友だちと今も

繋がっていられるのはふたりのおかげ。

 

母が亡くなったときと、亡くなってからの数年、

このふたりがどんなにわたしを助けたことか。

 

母が倒れたとき、連絡した記憶がまったくないのだけど、

札幌の病院にわたしがひとり到着してまもなく、当然のように

こよりが現れて、母の手術中の時間ずっと一緒にいてくれた。

 

生きた心地がしなかったこの数時間、

おかげでどんなに救われたかわからない。

しょうもない話をむきになって話して、わたしは笑いすらした。

 

さのは地元で超人気の美容室を営んでいて、

うちの母も髪を切ってもらってたから、

いつもわたしが知らない母の情報を教えてくれてた。

 

同じく美容師さんだったお母さんをわたしより先に見送っていて

(しかも大変な病状の中、自宅で看取りました)、

母を失うというのがどういうことなのかを

言葉にならない部分でさのはずっと共有してくれた。

 

ふたりへの感謝を書き切れる日は来ません。

 

さのー!

実家のこと、そういう訳なのさ。(急に私信)

 

無事住んでくれる人が見つかりました!

「2の6」で説明するにも長い話になっちゃうので、こんな場所から(笑)

 

こーちゃんにもよろしくね。年賀状出してなくてごめん(笑)そういう人でも何十年も仲良くしてくれてありがとう。

 

あ!最近更新した免許証の写真、今度はどっちつかずの微妙じゃない!ガチでやばいの撮ってもらえた(笑)今度はみんなといい勝負できると思う。また披露する機会があることを願って!

 

 

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生まれて間もないガッツ石松似の孫を抱く母の写真。

産道を通るとき顔がギューッとなるので、生まれたての赤ちゃんはガッツ石松鶴瓶のどちらかに似るという説があります。娘はガッツ派でした。

 今は似てません。念のため(笑)