「今」がつらい方へ/NOWHEREをどこで切るかで時空は変わる
はせくらみゆきさんが
「悩み」とはその人の
「芸風」で「趣味」
と言っていましたが、
自分が自分の人生の
創造主という真実を
前提にすると、
「苦しいことがある」
「変えたいのにいつまでも
変えられないことがある」
ということに
疑問を感じるように
なってきませんか。
わたしはもう
このからくりの中に
少しもいたくはありません。
問題に大小があるように見て
何かを特別視することも
いやです。
(「思考」は熱心に
問題に名前をつけて
このことはより深刻で重要なのだ!
という主張をしたがります……)
真理はとても
シンプルなはずです。
悩みも不幸も苦しみも
自分がつくりだしている。
または
自分がつなげている。
わたしたちは誰もが
完全な存在だけど、
あえて不具合を設定して
いろんな体験をしてきた。
それもまた
貴重な体験だったの
だと思います。
この不具合ベースを
長い間受け入れてきた間に、
わたしたちには
それぞれのクセが
出てきて、
そのストーリーに
わたしたちは
夢中だから、
何度もくり返す
ことにもなってたりして、
「不具合」に
意味をたっぷり
塗りつけて、
そこに留まり続けてしまう。
(わたしも一時ガッツリはまったと思う……)
セッションなどの意味は
ここに客観性が入ることで、
自分の視座が変わるという
ところにあると思っています。
自分の視座が変わることは
時空が変わること。
ケルマデックさんがいう
「時空は選べる!」
ということですよね。
多次元世界の中で
自分が意識を置く
世界が変わる。
わたしたちは本来
これを自在にできる
はずです。
ならばここで
最初の疑問に戻ります。
「この事実を知ったとしても、
依然として怖れや苦しみが
なくならないのはなぜか」
自分が自分の本来の力を
手放し続けてしまう理由、
わたしたちがはまっている
トラップについて、
今日はぜひ整理してみたいです。
まずは先に書いた、
あまりにも長いこと
不具合ベースを
やってきたことによって、
このパッケージを
抜けられなくなって
しまっていることが
あるのだと思います。
缶詰の開け方が
わからなくなっちゃった、
みたいなこと。
宇宙としては
「プルトップあるよ!」
って単純さだとしても、
わたしたちは
「こわい!」って
なったりするから、
「もう、仕方ないなあ」
って、
プルトップ開けのための、
イベントが起こったりする。
(いつも同じこと書いてる氣がしますが)
これは実は
潜在的な自分のオファーで
起こっているのに
顕在意識的には
「いったいなぜこんなことが!」
と混乱したりする。
(↑自分の回想です(笑))
次の段階では
開いた缶から出てくるものに
自分が向き合って、認識して
もう不要なものは
手放していくしかないような
プロセスが生まれて、
ひたすら浄化していくと
いつか「キョトーン」
みたいな広い場所に抜ける。
(マドモアゼル愛先生の動画で
大好きだった「キョトン」)
この、
何らかのインパクトを与えて、
自分のプルトップを開けて、
浄化せざるをえない
状況に持っていく、
という流れは、
バージョンは違えど
ひとつのコースとして
現在たくさんの方が
向き合っていることなのかな、
と感じています。
わたしたちが
はまっているのは
「過去」です。
苦しみは
過去にあります。
本当は時間というのは
「今」しかないのだし、
(今という点をつなげて
時間があるように
認識できている)
確固として
動くことのない
過去があると
信じ切っていることで、
同じような
ネガティブな体験を
「今」として
上書きしたりもする……
「過去」と「今」ばかりではなく、
そこにつながっていると
思い込んでいる
「未来」もすでに
制限的だったりします。
(過去を前提とした
ビジョンしかもてないから)
まだ起こってもいない
未来に不安や心配が
いっぱいだったり……。
創造主である自分が
そう思っていたら
そういう現実を
つくりだしてしまいますよね。
自分の人生の
創造主は実は自分で、
無数に選択できる
パラレルの世界がある!
という認識に
シフトしていくために、
効果がパワフルだなあと
感じているワークとして、
とにかく
自分が強固に信じ切っている
「過去」を切断する
というものがあります。
(「エネルギーコードの切断」
または「エーテルコードカット」
などといわれている方法を
アレンジして自分で行ってみています)
今このときの自分以外の
エネルギーを
ごっそり切り取ります。
(自分のまわりを球状にカットするスーパーカッターがあって
つるん!とまわりを一瞬で切り取ってくれるイメージをする。
そのあとしっかりプロテクトをつくるとよりいいです)
エーテルコードカットは
ミカエルを呼び出してお願いする、
という方法が紹介されているようなので、
そうしてみてもいいかなと思います。
簡単だし
速攻性があります。
今は集合意識が
めっちゃうごめいているので、
自分が過去にとらわれているほど、
同じ周波数の観念をどんどん
引き寄せてしまって
重いエネルギーは肥大します。
過去の自分が
今このときの自分に
取り憑いて支配して
しまっていることで、
別の重い波動も
引き寄せてくっつけて
しまうようなこと。
苦しみが強くなってくる場合
自分の受け持ち以上に
引き受けてしまっているかもしれません。
集合意識を統合していこうと
しているからこそで
悪いこととは考えていませんが、
全体が重くなって
溺れてしまっては
意味がないと思うので、
頻繁に
「今」と「自分」だけに
エネルギーを整理して、
自分の波動を落とさないことが
とても大切だと感じています。
(それが全体を浄化し、
全体を引き上げるために
自分ができるこだと思うから)
過去の自分に
今現在の自分を乗っ取らせるという
自分内憑依をストップしないかぎり、
どんな優れたワークであっても
効果があまりないことに
なってしまうとも思います。
ホ・オポノポノで
記憶をクリーニングしながら
同じ記憶を上書きしていることに
なってしまうみたいな感じで。
「今」と「自分」だけに
集中するといえば
瞑想です。
自分のポテンシャルを存分に
発揮する方法として
マインドフルネスが
アスリートやビジネスマンに
普及して久しいですが、
1日3分でもいいから
目を閉じて
「今」と「自分」に
集中することを
みんながやったら、
集合意識のざわつきは
それだけで相当おさまるのでは
と思えます。
「呼吸」の大切さも
たくさんの方が
伝えられていますね!
呼吸とは宇宙の叡智を
取り入れる行為と
お話されている方が
いました。
エネルギーが不安定な
今だからこそ
からだのケアが
とても重要なことも
感じています。
地球はどんどん波動を上げていて、
わたしたちのからだも意識も
どんどん軽く変化しているようです。
わたしたちは本当なら
とても軽い存在で、
たとえば
大気より軽いヘリウムがつまった
風船のような感じで、
そのままだと
地球では浮上してしまうから、
地上体験するために
船で言ったら
「錨」のような感じで、
それぞれに自分の
風船のひもに
重りをつけてきたと
思うのですね。
おかげで貴重な体験が
たくさんできたのだと思います。
でも、
今はもう重りを落とすとき。
自分がつないだ重りは
ひとつやふたつじゃ
なかったりもします。
ここで人と比べても
意味がありません。
重りは自分の
「芸風」であり
「趣味」で
選んだものなのだと
思うのです。
自分が重りとして
選んだものは
自分で落とすしかない。
誰か手伝って!
答えを教えて!
ってなってしまうのですが、
(これも回想です(笑))
わたしたちは
わざわざ答えを忘れて、
謎解きゲームを
何万年もやってきた
かもしれなくて、
何万年かけて待っていた
「そうだったのか!」
という謎解きの瞬間を
誰にもうばえない
って思うのですね。
ヒントや道しるべは
他者がたくさん
伝えてくれますが
(ときには真逆なことを言う役目の人が現れて
自分の真実を試されたりとかもある)
勝手に「こっちだよ!」と
誰かが手を引くことは、
二段組み
上下巻の
長編すぎるミステリーを
じっくり読んできた人に
最後の最後の
謎解きのところで、
トリックを
ばらしちゃうような
ことだから、
誰にもできないの
だと思う。
宇宙的には
「うひひ、おたのしみに!」
って、
見守ってくれているのだと
思うのです。
(サポートしたくて
たまらない存在はたくさん
いてくれる!)
どんな存在も
いつかは
ひとつのことに
氣がつくしかないです。
今現在
品位を疑うような
存在に思える人でも
いつかは目覚めたマスターと
なるのだなあって思うと、
今は
その段階を体験したいのだなあ
という氣もちになる。
もし
「今が苦しい」としても、
自分が選んだ
「段階」を体験できていて、
本当はわたしたちは
自分の完全性を失ったことは
一度もないのだと思います。
現実がどう見えていようと、
まずこの段階を
全肯定すること、
受け入れることが
奇跡のはじまりなのだと思う。
NOWHEAR
このアルファベットは
NO WHEAR
と読むと
「どこにもない」
になりますが、
NOW HEAR
と読むと
「今ここに」
という意味になります。
(先日、保江邦夫さんの動画で
見たばかりの知識です(笑))
「青い鳥」のお話のように
「どこにもない」と
探し求めていたものは、
本当は「今ここにある」。
視座が変われば
真反対の意味になる。
この、
「そうだったのか!」
の瞬間を
わたしたちは
大いなる流れの中で
それぞれに
たのしんでいるのだと思う。
深瀬啓介さんの
ドリーミングセラピーカードが
本当にすばらしくて
セッションでも
使わせていただいているのですが、
わたしたちが
はまっている
「罠」として、
「複雑さへの欲求」
というものがあって、
複雑で難しい方が
価値があるように
感じられたりしますよね……、
簡単に手に入らないものの方が
価値があるとか……。
わたしもなのですが
たくさんの方が
はまってしまう
罠なのかなと感じています。
人生というのは
ままならないもので、
単純ではないと
思えてしまいますが、
実は真実ほど
シンプルなのだと
思っています。
複雑さというのも
わたしたちが使ってきた
不具合のひとつだと思うため、
あまりそれに
引っ張られないで、
とにかく
「今」と「自分」だけに
エネルギーを整理することに
徹すること。
どんな方法でもいいので
自分が重りとしてきた
ネガティブを手放していくこと、
その先で
「すべてが今ここにあった」
という気づきを
それぞれにお好みのバージョンで
体験していきたいですね!
2週間伴走のメールセッションについて、
8月に入りましたら、
ご案内させていただきたいです。
宇宙タイミングとなりますが、
あたらしいご縁を
たのしみにしております!
アンナアマミーヤ。
大きな木の下でアーシングしながらミーティング。
家族以外の人と直で会っておしゃべりするの超久々で……
ひぐらしがが鳴いていたような時間から
とっぷり暗くなるまでずっとここでお話していましたよ。
うちの娘は現在16ですが、
負けないようなハイティーン感。
大きな転機をお迎えのアマミヤさん。
なんだか胸いっぱいでお話を共有させてもらいました。
アマミヤさんは呼吸法の指導者でいらっしゃいますが
ナビゲートするときの声がすばらしいんです。
呼吸の質をわたしも上げていきたいです。
(メールセッションのメールを書いているとき
不思議なほど呼吸が深くなるのがおもしろいなと感じています。
無意識にどんどん細〜く長〜くなる)
わたしといえば
望まれていないのにちょいちょい
落語の話が強火になってしまっていたような(笑)
サンキュータツオさんの随筆集
『これやこの』(絶妙!こちらもすばらしい!)
をゲットして、
現在ホクホクのわたくし、
「落語とワンネス」というタイトルで
後日記事をアップ予定!
(↑望まれていない(笑))