Healing room 3

日記、および公開ラブレター!

<歩いて行ける宇宙船>ドアオープンが12時です!

いよいよ来週に迫りました

 

ヒーリングルーム3×サイドバーン文化祭

<歩いて行ける宇宙船>

 

お申し込みをいただいている

みなさまにお知らせです。

 

 

12時スタートとご案内しておりますが、

 

開場が12時です。

 

演目は12時半からスタートとなります。

 

ご案内では

開場と開演の時間がわかりにくて

もうしわけありません。

 

夜の部は

18時から演目がスタートとなります。

 

夜の部のみご参加の方は

休憩時間である17時〜18時の間に

ご入場いただけます。

 

 

5・29

サイドバーンでみなさんにお会いできますことを

楽しみにお待ちしております!

 

 

http://healingroom3.com

 

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スペシャル企画、サイドバーン無料カット抽選会用のくじを入れる箱。Sちゃん作成。

文化祭感が高まります!(笑)

 

抽選は当日受付で承りますので、みなさまどうぞふるってご参加くださいね。

 

 

 

 

 

あたらしい名前/インナーストーリーの三人称化

今日は大切なおしらせを!

 

セラピストネーム、

というのも

こそばゆいのですが

 

わたしの今後の

活動名について、

 

「榎本かおり」

 

と改めることに

なりました。

 

榎本は旧姓です。

 

ひょんな流れで

名前の鑑定をしていただける

場面があって、

 

あたらしい名前を

授かることに。

 

旧姓だけど、

わたしの存在が

更新されて得た

あたらしい名前と

感じています。

 

 

ここ2週連続で週末に

ある講座を受講して

いたのですが、

 

そこで徹底的に行った

ワークがあって、

 

このワークの別名は

リバーシング(再誕生)。

 

まるで生まれ変わったかのように

ごっそり無用な観念が出ていって

クリアになるものでした。

 

今その体感がものすごい

のですが、

 

生まれ変わったら

名前がついた!

みたいな流れに

自分でもびっくり。

 

 

漫画のナウシカでは

巨神兵が「オーマ」って

名前を与えられた途端に

急に知性を増していましたが、

 

わたしの場合は

 

榎本かおりという

名前となると

 

本来のボーッとした気質や

幼い気質やわらかい気質が

戻るみたいです。

 

人生の大半口が開いて

生きてましたからね(笑)

 

そんなセラピスト

心配になるかもしれませんが、

 

セッションにも

よいかたちで

反映されることと

確信しています。

 

 

さてさて、

 

本日は

ぜひ紹介させて

いただきたい

ご感想があります。

 

Mさんからのご感想です。

 

「インナーストーリーの共有と

三人称化が起こす解放、アーンド

自分のかけらとの統合!」

 

(↑本好きのMさんに捧ぐセッションの帯文)

 

どうぞ!

 

********************************************************************

 

やっとなにかの第一幕が降りたような気持ちです。

 

私は自分の問題をどこから手を付けて

いいのかわからず途方に暮れていました。

 

家族のことにはじめて第三者の視点が入って

ほっとしたというか、

私は私の話を聞いてもらうこの日を

もうずっと待っていたんだと思います。

 

セッションでお話しがたくさんできて、

泣きっぱなしでしたがとっても楽しかったです。

 

かおりさんもいろいろお話をしてくれたので

安心して話すことができました。

 

私の問題を「人にはわかりにくい」

と言われたことにも

みょうにすっきりしたり(笑)

 

家を出るのに時間がかかったけれど、

過去のどの時点を思い描いても、

そのときでは早かったし、今回のセッションも含め、

すべてが今なんだなぁとあらためて思います。

 

お話の中で「絶対に安全な場所」があると

聞いたとき、ぼんやりしてしまいました。

 

私には反抗期なんてなく、さらに家の中で泣いたことも

小学生以降は1回きりでした。

 

泣かない自分をものすごく誇りに思っていたんです。

学校とかで泣いている子をみても意味がわからなくて…

 

会社で同僚に「相談してくれればよかったのに」

って言われたときも

「えっ…そんなこと思いつきもしなかったわ…」

ってなったのを覚えています。

 

自分の気持ちも常にあいまいだし、いくつになっても

苦しかったころへ気持ちが飛んでしまって、

 

さらに引っ越しをしたことで、

場所的にも時間的にも

「私」のカケラが散らばっているから、

 

私の体に中心がないということが、

ほんとうに体感としてわかりました。

それじゃあふわふわしますね。

 

魂を統合するワークが、すごかったです。

 

まさに私が苦しかった思春期のころ、

こころの支えにしていた小説に、

あの場面と重なるシーンがあったんです。

 

はじめてなのに懐かしいような不思議な気持ちで、

まるで魔法のような体験でした。

 

今回のセッションをこれから先、

何度も思い出すと思います。

 

私の話をはじめてきいてもらうのが

かおりさんでよかったです。

 

********************************************************************

 

セッションでわたしが

泣いてしまうことも

最近は少なくなってきたのですが、

ニュートラルを徹底と!)

 

Mさんのお話には

さすがに涙が出ました。

 

最初にMさんが

ご自身のお話をはじめるときに

ものすごく言いよどんでいたのも、

 

Mさんの物語が

相当にストレンジだからです。

 

悩みとして相談しづらいというか

うまく説明しづらいというか…

 

Mさんがそのつらさを

ずっと誰にも話さずに

抱えてきたのかと思うと、

 

「よく来てくれました」って

何度も何度も言いました。

 

わたしはストレンジな

お話が相当得意だと

思うからです。

 

ポール・オースターのナショナルストーリープロジェクトみたいな)

 

 

人は主観で生きています。

 

三者的な事実とは別に

(第三者的な事実が本当にあるかどうかは置いといて)

 

それぞれに

「インナーストーリー」

というものを作り出して

生きている。

 

同じ出来事でも

立場によって

違うストーリーと

なっていたりする。

 

ご家族とMさんは

そのインナーストーリーの

乖離がすごかったと思うから、

 

思わず「ホラー」

という表現も

使ってしまったほど

なのですが、

 

セッションでいつも

自然と行われるのが

 

その方のインナーストーリーを

まず共有するということと、

 

そのストーリーを

一人称から

三人称に書き換えて

お話するようなこと。

 

 

自分以外の思いを

自分のものとして

生きていたり、

 

意識が過去のどこかに

強く残ってしまって

いるような場合、

 

問題を切り分けて、

 

現在のポイントに

フォーカスを集める

ようにしたいから、

 

それをご自身が

よく理解できるように

 

その物語を借りて

解説すると

ご本人にとって

わかりやすいからです。

 

三者的な事実が

本当はどうだったのかは

あまり重要じゃない。

 

あくまでわかりやすい

ツールとして

その物語を借ります。

 

 

古典落語

粗忽長屋」という

ものがあるのですが、

 

熊五郎八五郎という

登場人物があって、

 

それぞれに

大変に粗忽。

 

観音様にお参りにいった

八五郎が人だかりを見つけて

見に行ってみると、

 

行き倒れた死体が。

 

よく見るとそれは熊五郎で、

 

そそっかしい熊のことだから

自分が死んだことも気づかず

長屋で寝てるにちがいないと

 

熊五郎の長屋に

駆け込んで

 

死んでるのに

のうのうと寝てるなんてと

熊五郎をたたき起こして、

 

ふたりで

観音様まで戻って、

 

熊五郎は自分の

死体を抱き起こす。

 

「この死んでる俺は確かに俺だが、

抱いている俺はいったい誰だろう」

 

というのがサゲ、

という噺なのですが、

 

(めっちゃシュールで特に好きな古典落語です)

 

立川談志

この粗忽長屋

という落語を

「主観長屋」

と呼びました。

 

確かに

八五郎の主観がひどすぎる(笑)

 

この噺は

「そそっかしい熊のことだから

死んだことも気づかず

長屋で寝てるにちがいない!」

 

という八五郎の思い込みの

インナーストーリーとも言える。

 

あり得ない思い込みも

本人が深く確信して

しまうと現象化する。

 

八五郎ほどやばくはないにしても、

 

人はそれぞれに

盛りに盛った

インナーストーリーを

生きてるのだろうし、

 

(わたしにも大いに心当たりがあります…)

 

実はストーリーは自分好みに

展開してもいる。

 

たとえば同じ失敗を繰り返すのは

自分がそれを予測していることが

引き寄せていたり、

 

失敗からくる自己憐憫

中毒していたりもする。

(自分を憐憫するとき快楽物質が出てるらしいですよ…)

 

ストーリーの三人称化は

そのパターンを解除する

助けとなると感じています。

 

 

 

落語の話に脱線しすぎましたが、

 

Mさんはご自身の判断でどんどん

すばらしい流れをつかんでいますので、

 

そのまま自分が自由になればなるほど、

そして、

おなかからよろこびを感じれば感じるほど、

 

今までの家族への複雑な感情も

どんどん整理できるし、

 

遠くから感謝だって

送ることができます。

 

 

本当に相手のためとなるのは

自己犠牲ではなく、

ちゃんと自分を生きること。

 

それがとってもわかりづらい中、

現在のポイントまで

自分をレスキューした

Mさんの勇敢さに

本当に本当に感動しましたし、

 

それがあたりまえではない

ものすごく誇らしいことだということ、

Mさんにもう一度伝えたいです。

 

 

わたしの主観が見たのは

ツヤツヤでピカピカのMさんです。

 

毎日の暮らしをのびのび

楽しんでくださいねー!

 

 

 

http://healingroom3.com

 

 

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5・29歩いて行ける宇宙船の打ち合わせでサイドバーン。

 

手前でサイドバーン虫明さんと可能姉妹長女のあけみさんが、

奥では岡田くんと次女の小夜加さんが、

それぞれに共同作業の姿に思わず目を細めましたよ。

 

望月小夜加さんのインスタレーションのテスト設置もあったので、先駈けて体験することができたのですが、想像以上にすばらしかったです!

 

あけみさんの茶箱劇場もよりミニマルにそぎ落とされていっているようすに感動。

 

ご参加のみなさまはどうぞどうぞお楽しみに!

 

 

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神妙な表情で何かの儀式っぽい(笑)

 

 

 

 

 

死者の目となる/写真集『マリイ』

松岡一哲さんの写真集

『マリイ』の写真展に

行ってきました。

 

『マリイ』は

500ページ越えという

圧巻の写真集で、

 

この時代に

この写真集が

出版されたということが

 

芸術や出版の歴史にとって

どれほどのことなのかを考えると

背筋がゾワゾワするような

興奮をおぼえますし、

 

それを買うという行為にも

とても昂揚しました。

 

写真のこと

すごく興味があった

わけじゃないので、

 

わたしがなにか語るのも

気が引けてならないのですが

 

『マリイ』という

写真集をみてから

あとからあとから

湧いてくる気持ちが

あって、

 

今日はそれを

感想として

書けたらと

思っています。

 

 

この写真集は

500ページもあります。

 

時に、

なにもわからない

わたしでも震えるほど

写真的価値を感じる

ようなものもあれば、

 

そのページがある意味が

よくわからないような

ものもある。

 

「ここに写っているすべてがマリイです」

という一哲さんの帯文の通り、

 

すべての写真の中心は

一哲さんの妻のマリイさんで、

 

それがグイグイと

ページをめくらせます。

 

一哲さんの写真を

このボリュームで

みるということは、

 

わたしにとっては

いろんな判断を手放す

という行為でした。

 

 

ときどきハッとするほど

美しい写真が現れて、

 

ピンぼけの写真が現れて、

 

様々な色と質が現れて、

 

マリイさんが現れる。

 

 

一哲さんのインタビューで

「(写真を撮るときに)自分などない」

といった発言がありましたが、

 

一哲さんの写真には

驚くほど写真家としての

圧がありません。

 

でも消えても消えても

一哲さんはある。

 

 

思い出したのは、

 

夫の実家の岡山に

帰省したときのこと。

 

団らんのような

夏の夜のひととき、

 

気持ちがよさそうな

風を感じて、

 

わたしだけ窓を開けて

テラスのある外に出ました。

 

涼んだのはほんの

少しの時間でしたが

 

部屋に戻ろうと振り返ると

 

レースのカーテン越しに

家族の風景があって、

 

楽しそうだけど

そこに自分はいない感じや

 

レースのカーテンが作る

淡い境界の外側に自分がいる感じ、

 

その不思議な感じは

 

自分が死んでる人として

その景色を見ているようだった。

 

ただ愛おしく外側から

観察するような気持ち。

 

『マリイ』をみていると

このときの気持ちを思い出す。

 

 

もうひとつ

個人的なことですが、

 

この写真集をみる前に

 

わたしはある決断を

しようとしていて、

 

今思えば

ちょっとヒロイックにも

なっていた気がするのですが、

 

この写真集をみたあとに

思ったのは、

 

「どっちでもいい」

ということでした。

 

そうしたかったら

そうしてもいいし、

 

そうじゃなくてもいい。

 

正しい正しくないが

あるのではなく、

 

ただ自分の識別がある。

 

選んでいい自由がある。

 

 

美しいものは美しいし、

ダサいものはダサい。

 

でもそれはどっちでもいい。

 

 

価値は正しさじゃない。

 

とか書いてることも

実はどっちでもいい。

 

 

とにかく本当は

どっちでもよくて、

 

その存在の価値は

いつも変わらない。

 

 

ただ識別と

そのままの価値だけが

あるとして、

 

でもわたしたちには

いつもどうしても

他者が必要で、

 

それが一哲さんには

マリイ。

 

 

ってとこまで

書いたとしたら、

 

これ以上書くのは

野暮中の野暮な

気がするので、

 

あとは

本物の『マリイ』を

みてください!

 

 

http://healingroom3.com

 

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写真展『マリイ』森岡書店(銀座)は13日まで開催だそうです!

 

  

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奥の大きなプリントがすばらしかったです。

 

森岡書店の「一冊の本を売る」というコンセプトにも感動しました。ギャラリーのような、サロンのような場所。

「日本工房」という編集プロダクションが入っていたという歴史あるビルであるということの必然にも驚く。

 

銀座、数年働いていた場所を通ったりしてなつかしかった。

 

 

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出版物としてまちがいなしにハイエンド。

 

作品としての波動的にも、印刷、製本などの技術的にも、この写真集を実現させるために関わったみなさんのマインド的にも。

 

言語化不可能な精妙なものを、みんなが大切に大切に扱って、この本ができあがったのだと思う。

 

この時代に…

 

崖から叫びたいほどの感動。

 

わたしはエムエムブックス限定版で。

 

 

 

 

 

 

意図→許可→実現

もう5月…

 

トトロの

サツキちゃんと

メイちゃんは

 

どちらも5月の

意味ですね。

 

娘はもうトトロをみる

年でもなくなっていますが、

 

さきほど

駆けよって来たなと

思ったら、

 

「父さんが遠くから投げたマシュマロを一発で口でキャッチした!」

と大変にうれしそうに報告されました。

 

「わたしは口でキャッチするのが得意なのかも…」

とも。

 

確かに節分の豆などを

いつも宙に放り投げては

上手に食べていて

感心はするのだけど、

 

それって…

のび太くんのあやとり並みに

微妙な特技じゃないか?

 

という疑問については

グッと飲み込みました。

 

トトロは見なくなっちゃったけど、

 

家の中を犬と本気で

駆けまわっていたり、

 

娘は中3にしたら

相当に無邪気な方で、

 

ゆっくり成長して

くれてるって

思うので、

 

こうして垣間見る

まだ子どもの感じに、

 

お得な期間が長くてラッキー、

みたいな気持ちにさせてもらっている。

 

 

さてさて、

 

今日はセッションのご感想を

シェアさせてください!

 

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人生初のセッション。

想像を超えるすばらしい時間でした。

 

生い立ちからひたすら話すのかな…

本当に何かがスッキリ解決するのかな…

うまくセッションの成果を出せるのかな…

(この「うまく」と思ってることが本当に私っぽい)

 

もやもやと想像していたことが

スコーンと飛んでいくような、

思いがけない場所へ

たどり着いたような気持ち。


大泣きしながら、光あふれる

花いっぱいの野原にいるようでした。


私がみんなに心を注いでいるように、

私は、私に、心を注いで力になってほしかったんだ。


ああ、そうだったんだ、そうだったんだ、

とその感情を味わいながら、

泣けてくるのに幸せな気持ちでした。

 

じぶんを知るということは、

解放されていくということなんですね。


歌織さんが奇跡を起こしてくれたんじゃなくて

すべて手綱をにぎっているのはじぶん。


じぶん、ありがとう。

歌織さん、伴走してくれてありがとう。

ももちゃん、力を貸してくれてありがとう。

 

私が私の味方になります。


実は、2ヶ月ほど前に

職場の後輩とトラブルが起きて

ぼろぼろだったのですが、


相手を許せない気持ち、

ふしぎと消えたような気がしています。

このトラブルがなければ

セッションに申し込んでなかったかも…

今はありがとうと感謝したい気持ちです。


本当に、現象は現象にすぎない。

そこに良い/悪いはないんだな、

とあらためて感じています。

 

*********************************************************************

 

「私がみんなに心を注いでいるように、
私は、私に、心を注いで力になってほしかったんだ」

 

この言葉に

Kさんがよく

現れているの

だと思います。

  

Kさんは職場などで

身のまわりの方の

お話を聞いてあげる

機会がとても多くて、

 

Kさんだから自然に

引き出されるものが

あるからなのだと

感じましたし、

 

それでよろこんで

もらえることは

Kさんのよろこび

でもある。

 

ここが実はトラップ。

 

Kさんが「自分は平気」

という態度で自分の

声を聞いてこなかった

ことで、

 

Kさんは本当は

ものすごく苦しんで

きたからです。

 

Kさんは独自の方法で

人にインタビューするのが

得意とのことなのですが、

 

「自分インタビュー」という

ワードがご自身の口から

出てきたときにKさんの

目からドッと涙が溢れました。

 

内なるKさんはKさんにお話を

聞いてもらってる人たちのことが

それはうらやましかったと思います。

 

どんなに大切な相手であっても、

 

相手を大切に思うからこそ、

 

バシッ!と境界を持って接すること、

 

優先順位を常に

自分に置くことは

 

エゴでもわがままでもない

最重要なこと。

 

Kさんの本当の声が

奥の間に押し込められた

ままだったら、

 

どこかで破綻して、

せっかくの特技を

続けられなくなって

しまいますからね。

 

Kさんありがとうございました!!!

 



昨日からある講座に通っています。


宇宙の叡智に触れている。

 

そこでもやはり最重要なのは

自己認識と感じています。


ワンネスが揺るがぬ真理に

違いはありませんが、


非二元の前に、

徹底的な自己認識!!!


人生でやること実はこれだけ!

って思う。



自分をとりまくあらゆるドラマは

相手を通して自分を知るために

起こっている。

 


批判も非難も手放して、

ジャッジではなく識別を。



借りものの信念ではなく、

自分の核となる価値を。



最近のセッションで

とにかくあの手この手で

お伝えすることになっているのは、



自分の人生で

いちばん力を持っているのは

自分なのだということ。


分離があるなら

物語は常にあるけど、



「べき」も「ねば」もなく

自分の選択があるだけで

 

 

実はすべて自作自演…

(ドラマの渦中にいるとそうは思えませんが!)



自分を手放して、

「誰かお願いします」って

態度では生きられません。



自分は自分の人生の

消費者ではなく

創造主です。



自分が自分を手放しては

絶対にいけない。


本当の自分の気持ちは

「誰か教えください」

ではないのです。



それで生きていては、

どんなことも



焼け石に水になっちゃうし

暖簾に腕押しになっちゃう。


わたしは笑いが起こす解放が好きなので

セッションも相当愉快な方だとは

思うのですが、



自分が肝心なところで

自分に興味を持たない

という態度についてだけは、



めっちゃドスをきかせて

お伝えさせてもらいます…


わたしが望むのは

リピーターではなく

その方の解放だからです。



わたしに力を渡そうとする場合

丁重にお返しします。


あらゆる解放はいつも

自分が起こしているのだ

ということに気づいて

ほしい。

 

Kさん、セッションの帰り道から

はじまったすてきな出来事を

報告してくれたのですが

(うっとりするほど素敵なエピソード!)

 

自分が許可しさえすれば

起こるミラクルがあります。

 

それを体験するほどに

その確信はさらに深まる。

 

確信の深度(ふかさ)が

存在の進度(すすむ距離)と

なるのだと思う。

 

アファメーション

意図だとして、

 

意図が実現する

ためには

本人の 許可が必要。

 

自分が心からそれを

許可することが

できないわけは

根強い観念が

あるからで、

 

それを解除する

すごい方法を

昨日今日の

講座で体験したところです。

(ぶっ飛ぶほどに…)

 

 それが自分の中で

どんな風にブレンドされるのか

楽しみにしたいと思っています。

 

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毛の生えた方の娘がくわえているのはマシュマロではなくボール。

 

Kさんのセッションで大活躍してくれたもっちゃんです。

 

 

ツールとしての「物語」

感慨深いこと

目白押しデイズ。

 

短く終えられる

気がしませんので、

 

予告ホームランならぬ

予告縦スクロールを

宣言してから

はじめたいです。

 

別の窓からみる

インナーチャイルド

に展開する予定。

 

 

先日1年ぶりに

前の職場を

訪れる機会が

ありました。

 

現在は規模も大きくなって、

方針もずいぶん変わって

きているのですが、

 

わたしがいた頃の

その会社は社長以外は

ほぼ100%母さんたち

(お子さんのいる地元の主婦たち)

という場所で、

 

地域の主婦の雇用を通して

子どもたちの支援をという

意図がありながらも、

 

主婦たちが大変に

コストパフォーマンスの

高い労働力だということが

メインの理由だったと

思われ、

 

この職場で働いた

6年間、

 

みなさんの能力の高さに

ずっと感動しっぱなし

でした。

 

はじめて振られた仕事でも

とっさの工夫で

最短で最善に

行える方法を

臨機応変に考えられるし、

 

誰かがもっといい

アイディアを出したら

こだわらずに

どんどん採用するし、

 

誰と誰がチームとなっても

調和的にそれが

行われる様子は

 

他のどこの職場でも

見たことがなかった。

 

 

なんならみなさん

出勤前に洗濯機を

3回くらい回して、

 

弁当も3個くらい

作ってから

出勤しているような

方々だから、

 

むしろ出勤前と帰宅後が

彼女たちの仕事の本番で

 

さっさと帰ることが

みんなの一致する

希望であることも

調和と効率の良さを

生み出していたとも

思うけど、

 

あんなに働く人たちを

後にも先にも

見たことがない。

 

規模が大きくなるにつれて、

マニュアル化が進んで、

 

わたしがいつも感動していた

その場その場でのみなさんの

クリエイティブな発想を

試すことができなくなって

しまったことが

本当に残念だった。

 

この職場が完全に

母さんたちの集団

だったということに

わたしはずいぶん

助けられてきて、

 

入った当時は

「あなたは子どもがいちばん

小さいから早く帰りなさい!」

って早く返してもらったり、

(どこに何歳の子がいるのかはだいたいみんなの頭に入っている)

 

北海道の実家の

父が亡くなったときも、

母が亡くなったときも、

 

ずいぶんと長くお休み

させてもらったけど、

 

すべてを終えて

職場にもどると、

 

ベテランの方が

廊下ですれ違いざまに

「よくがんばりました」

とだけ軽く声をかけてくれたり、

 

(どんなお悔やみよりうれしかった)

 

また別の方に

わたしが長くお休み

してしまったこと

お詫びしようとしたら、

 

「松井さんが帰ってきてくれただけでいいから」

って言われたり。

 

(これほどの殺し文句があるでしょうか…)

 

なんならお孫さんも

いるような方も

複数いましたから、

 

(「炊きたてのごはんがまぶしくなる」等、老眼ネタが鉄板。聞いていたおかげで老眼が歓迎できている)

 

生んで育てて見おくってという

仕事がどんなものなのか

みんなもうよーくわかっていて、

 

小学校低学年の

娘がいたころの

わたしにも、

 

親を見送ったあとの

わたしにも、

 

感情の深い部分を理解した

対応をしてくれました。

 

(この職場が調和的であったことのもうひとつの大きな理由がお昼当番制でみんなが作ったごはんを食べていたことによる「その人の作ったものを食べると自ずと調和してしまう現象」だったと思うのですが、ここに触れると、一晩かけて読んでもらう量になりそうなので、泣く泣く端折ります)

 

そんな、

思い出深すぎる

職場に、

 

1年ぶりに顔を出す

ことになったのは、

 

その会社の商品を

受け取るためで

(いつも行っていた直営店が都合により休業中のため)

 

IHのお仕事では

全然違う時間を

過ごしてきた1年だった

こともあって、

 

改めて振り返る思いが

いろいろこみ上げて

きたけど、

 

勤務時間中はけっこう

厳しい職場なので、

 

ふらっと現れて

みなさんに会えることも

期待していなかったのに、

 

その日出勤だった人は

みんな顔を見せに

出てきてくれて、

 

わたしたちは本当に

かけがえのない時間を

一緒に過ごさせてもらった

のだと思うから、

 

言葉に代えがたい

絆があるって

感じていて、

 

まるで前日も会って

いたかのように

わたしを迎えてくれた

みなさんのようすに、

 

それがわたしの

片思いでもなかった

のだなって、

 

本当に胸がいっぱいに

なりました。

 

 

 

さらに、

この翌日は

 

久々に娘の中学校に。

修学旅行の説明会がありました。

 

前日の元職場に

引き続いての、

 

母さん業界

チューニング。

 

改めての発見を

たくさんもらった。

 

 

以前の職場だけならず

 

わたしは実は

ご近所にも

恵まれていて、

 

そもそも

ママ友などいない

わたしでも

必要な情報には

困らなかった。

 

運動会なども

一回も場所取りとか

したことないのだけど、

 

毎年ご近所さんが

うちの場所も一緒に

とってくれてて、

 

家の番地の並びと

同じじゃない?!

みたいな、

 

見慣れた顔が並ぶ中で

6年間お弁当を食べた。

 

(とはいえベタベタした

おつきあいは皆無でもある)

 

 

基準がわからないながら

普段相当牧歌的に母さんを

やらせてもらっている

のだと思うので

 

今年受験生ともなる娘の

同級生のお母さんたちが

ずらりと並ぶ保護者会に

ひさびさに身が縮みましたが、

(娘にもうしわけないくらい受験生の親の意識がわたしにない…)

 

お母さんたちの

立ち話みたいのに

久々に参加してみて、

思いましたのは、

 

前の職場のみなさんも

そうでしたが、

 

家事を放棄して

今これを書いている

わたしなどが

何ももうしあげる

ことがないほど、

 

みんなそれぞれに

母さん業に奮闘していて、

 

それぞれに

これがよきことと

信じたことを

生きていて、

 

でもそこは

母さんといえども

未熟な存在でもあって、

 

それぞれが

ただそのテーマを

生きてるだけなのだ

ということ。

 

心理学の概念で

「三角形のドラマ」

というものがあります。

 

迫害者

犠牲者

救済者

 

という3つの役割分担によって

ドラマのパターンができてしまう

というものなのですが、

 

たとえば

 

親の影響でなんらかの

抑圧的な設定のまま

生きている人を

「犠牲者」とすると、

 

ネガティブな影響を

あたえた親が

「迫害者」の役となり、

 

カウンセラー等が「救済者」

の役となり、

 

ドラマが成立してしまうと

いうもので、

 

ドラマの中では

 

犠牲者は犠牲者で

いることが手放せなくなるし、

 

救済者は依存を生んだりする。

 

三角形の内側には

非難や痛みや罪悪感

などでいっぱいとなる。

 

 

実はバージョンを変えて

よくあるドラマでもあると

思うのですが、

 

ひとつの役からの視点で

そのドラマは生まれていて、

 

そもそも三角形は本当はない。

 

 

2日間にわたって

集中的に

母さん業界に

身を浸してみて

思うのは、

 

親もまた大いに

傷のある存在で、

 

親とはいえ未熟に

その時その時の

テーマをただ

生きているのだ

ということ。

 

 

たとえば

 

立ち話で、

 

「いい話を聞いたことがないから

あの人とは関わらないほうがいい」

 

と言われていたお母さんと、

そう言っていたお母さんの

 

どちらにも

わたしはひそかに好感を

持って聞いていた。

 

 

解説すると、

 

そう言っていたお母さんは

 

役員や地域の仕事も厭わず

やってきた方で

とても常識的な忠告として

その発言をした。

 

そう言われていたお母さんは

 (もちろんその場にはいませんが)


いろいろルールを逸脱して

しまうのは確かのようで、

三角形のドラマの

迫害者的の役どころのような

強烈な話も中にはありましたが、

 

彼女は彼女のテーマを

生きているんだなって

思ったし、

 

わたしはただ

それぞれに母さんを

がんばってるんだな

って思えた。

 

(何が言いたいのかというと、迫害者などいないということをしみじみ見せてもらってような時間だったということ…)

 

インナーチャイルドケアの

お話をさせていただくとき、

 

どんなに大切な存在で

あっても

親の問題を

子どもがなんとか

することはできなくて、

 

でも

親のいろいろな問題を

自分がどうしたら

少しでもよくなるのかって

考えて子どもはふるまうし、

 

その問題をどうにもできない

自分を罰しもする。

 

それをデフォルト設定として

自分を形成することで、

 

大人になった今も

抑圧的な設定、

または自分を

罰するほどの設定が

生きてしまっているから、

 

傷のお手当と

設定の解除が

いかなる場合でも最優先で、

 

親の問題とは

切り分けることが

大切だということを

お伝えします。

 

◎切り分け

◎お手当

◎解除

 

インチャのワークは

実はシンプルだと

感じていますが、

 

解除が起こるためには

本人が深いところで

確信することが必要で、

(IHではそのために

くりかえし宣言する)

 

わたしが

セッションの中で

 

それぞれのインチャのストーリーを

ときに熱すぎるほどに

解説する場面があるのは、

 

ご自身のストーリーを

客観的に理解することが

その深い部分での

確信を助けてくれる

からです。

 

 

誰かの主観があるだけで

 

ドラマ、または

ストーリーは

実はないのだけど、

 

(「本当はなにも起こっていないの!」byうちの犬)

 

わたしたちは

もう少し物語の

力を借りて

進化するのだとも

思っていて、

 

わたしのセッションでは

 

意外とこの「物語」が

作用しているのだとも

思っている。

 

http://healingroom3.com

  

f:id:utaori:20180425170154j:plain

犬のお散歩コースの田んぼにもう水が入っていた。手前に緑色のオーブありますね。

 

大好きだった近所の大きな木が切られてショックだったよ。タントリックツインみたいに2本が1本みたいになっていた木だったの。相当落ち込みました…(オーブに聞いてもらっている)

 

 

元気が出る話題といえば、京急120周年でしょうか(笑)

 

タモリ倶楽部の2週にわたる特集が熱かったです。

 

特に京急ビンゴ(笑)

すれ違った車両がどれかでビンゴをすすめるのですが、

1編成しか存在しないという2000系(だったかな?)とすれ違ったり、珍しくないはずの800系となかなか遭遇しなかったり、でも最後の最後でコンプリートとなったり、終始昂揚しました。

 

京急が好きな人は音鉄というのですか?制御装置の音を聞き分けるのですが、あれ素敵ですね(笑)

「チョッパ型だね」とかさりげなくつぶやかれると、ときめくのかもしれません。いや、ときめかないかもしれません。

 

わたしは鉄道が好きなのではなくて 

鉄道が好きな人が好きなのですが、

 

なにが好きって、モテるとかモテないとか、何の役に立つかどうかとかを全く手放して、ただ目をキラキラとさせているからです。

あと、自分が「乗り鉄」なのか「撮り鉄」なのか「音鉄」なのかなど、自分のよろこびがどこにあるのかをよく理解しているからです。

 

これが何の役に立つからとか

これをしてるとイケてるように見えるからとか

 

そういうの全部手放して

 

みんな本当に好きなことを生きたらいいって

鉄道好きの人たちを見ているといつも思います。

  

https://www.youtube.com/watch?v=hDAJI7UNHAI

モノレールって鉄道じゃない(?)から邪道なのかもしれませんが、ヴィム・ヴェンダースの「都会のアリス」を見たときこのぶら下がる方式のモノレールにめっちゃ乗りたくなりました。

大船の方にありますよね???

 

 

自分以上にならなくていい

5・29

歩いて行ける宇宙船

 

「昼の部のみ」に

お席をわずかに残すところと

なっております。

 

たくさんのお申し込みを

ありがとうござます!

 

3回目を数えた

呼吸ラボラトリー

アマミヤアンナさんの

レッスンとの

コラボについても

 

あらためて

書きたいところ

なのですが、

 

本日は雑文的に

このところの

いろいろを。

 

最近の自宅での

セッションでは、

 

セッションルームに

犬を入れるように

なっています。

(許可をいただいた方には)

 

以前もブログで触れた

アニマルリーディングが

その発端で、

 

うちのもっちゃんが

完全にわたしと同調していて

クライアントさんが来ると

「自分のクライアントが来た!」

と思ってやる気満々で

いることが明らかとなり、

 

お許しいただける方には

「犬あり」で

セッションを行わせて

いただくように

なっているのですが、

 

予想を超えて

大活躍の犬…

 

先日はセッションで

設定した目標に対して

調整を行う場面で、

 

その方の筋反射が

謎の反応をみせたので、

(「うん」ってなったり「ちがう」ってなったり)

 

「はて?」と

思っていたら、

 

寝ていた犬が

急に駆けよって来て、

 

立ち上がって、

その方の頭をカリカ

するから、

 

「だめでしょ」って

制しようとしたところ、

 

その方が

「今モモちゃんに来てほしい」って

思ったんですって言って、

 

ということは

 

IHで言うところの

調整ツールが

 

「犬」ということかと(笑)

 

 

犬がお手本なのだ

ということ

 

犬は「こうでなくては」とかなく

ただ自分として生きている

ということ、

 

草むらを好きなだけ

くんくんしたらいいのだ

ということ、

 

そのままで無条件に

愛される存在なのだ

ということ、

 

思いつくままに

お伝えさせてもらったら、

 

その方の目から

いっぱい涙が

溢れてきて、

 

セッションの中ではその前から

その方に大きな解放が

起こってはいたのですが、

 

最後の最後に

溶け残っていた

かたまりを、

 

もっちゃんが

溶かし去って

くれたようでした。

 

ブンブンと尻尾をふり、

お顔を熱烈に舐めまくって。

 

後から聞いてびっくりしたのは

犬はむしろ苦手だったとのことで、

 

にもかかわらず

もっちゃんのこのメッセージが

 

ものすごく染み渡った

ようすでした。

 

調整ツール「犬」…

可能性は計り知れません。

 

もちろん、ここまで犬が登場する

セッションはあまりありませんし、

 

「犬なし」も

お選びいただけますので。

 

念のため(笑)

 

 

わたしのセッションが

 

どんどん自由度を

増しているのは、

 

いかなる方法だとしても、

 

セッションはひとりひとり違う

その人のためのものだから、

 

その方法にその人の存在を

寄せるのではなく、

 

必要ならばその方の存在に

寄せてアレンジされるのは

むしろ当然と考えるからです。 

 

 

「上手も下手もなかりけり

行く先々の水にあわねば」

 

です!

 

 

それにしても、

 

自宅のセッションルームに

犬を入れるようになってから、

 

もっちゃんが「抱っこ!」って

言ってきたときなど、

 

片手に犬

片手で筋反射

 

みたいな

 

「犬溺愛マダム」セッション

 

みたいな状況で、

 

実際「犬溺愛マダム」だから

そのままなのかもしれませんが、

 

「ちょっとどうなのか」

とかご意見ありましたら

忌憚なくお伝えくださいね(笑)

 

さらに、

今日はトピックをもうひとつ。

 

最近よく耳にすることとして

 

アファメーションすると

逆に苦しくなる」

 

というお話があります。

 

「よりよい自分にならなくては」

というプレッシャーとなって

のことみたいです。

 

IHセッションの中で選ぶ

アファメーション

潜在意識にアクセスして

最適なものが選ばれるので

これにあてはまりませんが、

 

また、

その方の存在は

どんどん変化していくので、

 

セッションで行った

アファメーション

必ず実現しなくては!

ということででもない

というか、

 

固執することもないとも

思っていて、

 

その時一度宣言してみる

必要があったという

だけなのだと思っても

いるのですが、

 

アファメーションって

誰に見せるために

するものでもありません。

 

その時の自分に

一番フィットすれば

いいのだし、

 

苦しくなるのであれば、

 

自分以外のものとしての

アファメーション

なっちゃってるか

(自分の本当の気持ちではなく、他者から見た自分がどうあったらいいかにすり替わってしまっている)

 

自分以上のものになろうとしている

アファメーションだからなのだと

思います。

 

自分以上になろうとすると

緊張したり

つらくなったりします。

 

そして、

本当の自分で生きることにも

不思議なほど邪魔がある。

 

その邪魔を取り去って

本当の自分になりきることが

人生でやることみたいです。

 

「自分ってこう」って

思っている自分像と

本当の自分は、

 

実はびっくりするくらい

違っていたりする

ものでもある。

 

「本当はこうしたい」

「自分はこれはできない」

「本当の自分はわかってもらえない」

 

って思ってることが

あったら、

 

それができない理由を

よーくよーく考えてみると、

実は理由は無かったりもする…

 

みんな自作の鉄格子の中で

生きてるみたいですよ。

 

(って、わたしだって心当たりありありです…)

 

鉄格子、自作ですから。

 

実は手に持ってるだけですから。

 

そのまま前に進めたりする(笑)

 

でも鉄格子があるから

いろんな物語もあったりするのだし、

 

手につかんだ鉄格子のことを

それぞれに自分の価値だって

思い込んでいたりもするから、

 

「え?なにそれ?置いたらいいじゃん!」

って言われて

いきなり置けるものでもないというか、

 

自分の好きなペースで手放したら

いいんだなとも思う。

 

 

このところ日々感じているのは

 

問題は実はなくて

リミッター(自作の鉄格子)

だけがある、ということ。

 

だから

自分のリミット設定によって

人生に起こることは

おもしろいほど変わってくる。

 

これについて

体験談続々。

 

わたし自身も

どこまで外せるか

トライしてみています。

 

 

http://healingroom3.com

 

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FUCHISO(フウチソウ)の小松綾子さん。FUCHISOは諸国の古民芸品や、骨董のお店ですが、ひとつひとつのものがもつ歴史とそれを手間ひまをかけて作った人たちへの敬意と愛情の深さにいつも感動します。

綾子さんはわたしが興味を示したものの物語をのんびりとした口調でいつも豊かにお話してくれるのですが、わたしにとってはどんな本を読むよりも、目の前にめくるめく景色が広がるような、読み聞かせをしてもらっているような時間。

 

そして…

 

お気づきでしょうか。

綾子さんとわたしは顔が激似(笑)

 

綾子さんはわたしよりお若いですし骨格もきれいで美人さんなので

激似というのもずうずうしいのかもしれませんが、

 

元はと言えば、私のセッションを受けてくれた

SさんがFUCHISOを教えてくれて、

 

「店主の小松さんと松井さんは似ている気がするんです…」と

聞いてていたのですが、

 

サイドバーンからほど近いお店に

さっそく立ち寄ってみると、

想像以上に似ていてお互いにびっくり。

 

「わたしたち顔がやたら似ていませんか…」

となって、

 

帰り際には

「鏡に並んでみましょう!」

ということにも(笑)

 

(鏡で並ぶと意外と違ったのだけど)

 

それ以来、

 

ときどき立ち寄っては

綾子さんの審美眼が集めた

美しいものたちに囲まれて、

(それはいつもどこかの国のだれかの生活に寄り添ってきたものです)

 

綾子さんが語る

美しい物語を聞かせてもらっています。

 

わたしは骨董や古民芸品が好きなのではなく

FUCHISOが好きなのだと思う。

 

 

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現在FUCHISOで行われている、展示がやばすぎます。

 パキスタンやインドで、婚礼などの儀礼用として使用されてきた、「フルカリ」という美しい刺繍が施された布を、小松綾子さんがその布が最もいきるような、トリミングと額装をほどこして、展示中。

 

わたしもこれぞという1枚を購入できて、とってもうれしかった。

 

4月30日(月)まで開催だそうです。

写真では伝わらない、美しい布の景色と額装された妙を体験しに行ってみてください。すごい至福です!

 

 

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エムエムブックスで買いものをしたら、ついてきたMMBS通信。

スタッフのなおこさんのコーナーにご自身が本当はピンクが好きだったことを思い出すきっかけのひとつとして、IHセッションのことが書かれていてうれしかった!

セルフイメージの更新はわたしのテーマでもあります。お読みになるかわからないけどなおこさんありがとうございました!

他にも読みどころも満載で充実の冊子でした。まぁまぁマガジン待ちの時期を過ごすわたくしどもにうれしい一冊。

 

と…

 

ここで美しく終了するのが

よいのだとはわかっているのですが…

 

くりかえされる諸行は無常で

よみがえる衝動だもんで、

 

おつきあいは無用ながら

書かせてください。

 

https://www.youtube.com/watch?v=_Tthwov-1fY

 向井氏の統計によると全人口の8割がHENTAIと報告されています(1:55)。心がホッとします。誰にも迷惑かけずに自立して生きてるなら、変態でなにが悪いのかと思います。

 

今わたしを最も夢中にする妄想は、ベースの吉田一郎氏の抜けてしまった大きすぎる穴を埋めるべく、私が超絶ベーシストとして颯爽と登場してZAZENBOYSに加入することです。

 

そもそも楽器は何一つ弾けませんけど(笑)

 

あと、本当にZAZENBOYSに入ったら胃に穴が開きそうですけど。

 

タイミングを合わせるときのメンバーの集中したようすが野生の何かっぽい迫力です。

 

そもそも何一つ楽器を弾けない人がそんな心配をする必要がないのもよくわかっているのですが、「自分がPVを作るなら」という妄想もあります(笑)

 

 お手本にしたいのもまたなぜかZAZENBOYS。

 

https://www.youtube.com/watch?time_continue=3&v=0-ZjYq8-SHw

 2:37から完全にコントがはじまるあたりには嫉妬すら感じます。

 

また、自分がギター少年なら、カシオマン氏(カシオメン?ギターの人はどっちが正しい愛称ですか?)にあこがれまくると思うんです。フレーズがどうかしすぎていて、誰もまねできない感じが。

 

このweekendという曲で向井氏の歌う

「ゆるめにしばった三つ編みに青いワンピースのアリソン・スタットン」を

思わずYouTubeで探してしまいました。

 

どんだけ暇なのかとお思いでしょうが、やること山積みの時ほどこうなりませんか。

 

https://www.youtube.com/watch?v=0s0nHuLXb0s

これどうでしょう???三つ編みにワンピース!

かわいい!!!!!

 

Weekendじゃなくて、YoungMarbleGiantsというバンド時代のようですが。

 

三つ編みにワンピース…、

やってみたらいいのでしょうか。

 

でも、

 

三つ編みにワンピースの

犬溺愛マダムって、

 

どうですか。

 

帰ってこられないところまで

行ってしまう気もするのですが、

 

自分が心からそうしたかったら

そうしたいと思います。

 

なんかこの

最後のコーナー書いてたら

 

自分が人のご相談受けてる場合の人

じゃないような気もしていますが、

 

セッションはそれぞれに絶好調です!

 

本当です(笑)

 

 

 

 

 

【歩いて行ける宇宙船】続報!

5・29(火)

歩いて行ける宇宙船 

@サイドバーン

 

たくさんのお申し込みを

ありがとうございます!

 

みなさんのメールに

宇宙船宇宙船と

書いていただいて

いる時点で

 

一緒に遊んでいただいてる

気分です。

 

ご予約いただいたみなさんに

当日お会いできること

楽しみにお待ちしておりますね!

 

残席が少なくなって

きましたので、

 

本日より

 

◎昼の部のみ(参加費3,000円)

夜の部のみ(参加費3,000円受付終了

 

こちらの受付をはじめます。

「昼夜通し」終了/「夜の部のみ」終了/「昼の部のみ」残席わずか

 

平日の開催のため

おつとめのご都合や

お子さんがいらっしゃる場合など

 

昼夜通してのご参加は

難しい方も多いと

思いますので

 

ぜひどちらかだけでも

お楽しみいただけたら

うれしいです!

 

お申し込み

 

メッセージ欄に

「宇宙船参加希望」

「昼の部のみ」または「夜の部のみ」

 

とご記入ください。

 

※着信規制の設定があると返信メールが届かない場合があります。以下のアドレスのメールが届くように設定をお願いいたします。

info@healingroom3.com

 

※返信に少しお時間をいただくことが予想されますが、3日を過ぎてもお返事が届かない場合お手数ですがお問い合わせください。

 

※定員に達しましたらしめきらせていただきます。

 

 

このイベントの開催日の

5月29日は満月なのですが、

 

京都の鞍馬寺では

満月祭というものが

おこなわれるとのことで、

 

なにやらこの日の満月は

 

「すべてのものの目覚めのために天界から強いエネルギーが降り注ぐ」

 

特別なものとのこと…

(月光〇インスタレーションの望月小夜加さん情報)

 

この日である必然を

いたるところに

感じています。

 

5・29は

表参道でも満月祭!

 

宇宙寄席とも

思っていますが、

 

落語はありません。

 

 

http://healingroom3.com

 

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イベントご入場のしるしのリストバンド作成中!

 

残布を編んで作るアイディアはイベント当日もお手伝いいただくAちゃんによるもの。

めっちゃかわいいです。

 

Aちゃんを含めこのイベントのお手伝いをお願いしている4人の女性を、可能姉妹と呼んでいます。ポッシブルシスターズです。

 

この4人のおかげでポッシブルとなったこと多数。

 

イベントでは、ご参加のみなさんにもそれぞれの持ち場にポッシブルを満々にお持ち帰りいただけるはずって思っています!