Healing room 3

日記、および公開ラブレター!

ゲダッツへの道(メンバー随時募集中)

 

楽器が何ひとつ弾けないくせに

 

バンドを組むなら

なんて名前にするか

考えるのが好きなのですが、

 

(はい。友だちは少ないです)

 

 

ヘッドコーツとか

レインコーツとか

アイケッツとか

シャーベッツとか

 

最後のSを

“ツ”で発音する

グループ名が

いいなあって思ってて、

 

今日ハッと

思いついたのが

 

 

ゲダッツ(解脱)

 

 

わたし史上最高に

氣に入っているのですが

いかがでしょう?(笑)

 

 

Gedattes

 

って綴ります。

 

 

 

もっと他に考えることあるでしょう!

とお思いかもしれませんが、

 

 

解脱、覚醒、悟り、

 

なんと呼ぶかはさておき、

 

とにかく

普遍意識に目覚めてまいりたい!

 

その思いは

高まるばかりです。

 

 

でも、だからこそ

日常や物質的なことも

とても大切であることも

しみじみと感じられて

もいる。

 

 

『黎明』にも

 

自分の目の前の現実から

充分にゲダッツできるという

内容が書かれていましたが、

 

エゴを現実で動かしながら

手放していくのは

実は近道ともいえる方法で、

(ゲダッツの道は存在の数だけあります)

 

 

でもそのためには

ちゃんと人間を(エゴを)

やらないといけない…

 

 

わたくしはゲダッツに

目がないながらも、

 

当初はここに

ガックリきました。

 

 

そこが苦手で

ゲダッツしたくて

ならないのに、

 

終えるためには

ちゃんとそこを

やらなくては

いけないという…

 

 

神社のご神体として

置かれている鏡に

なぜ拝むのかというと、

 

「かがみ」から「我」を

引いたら「かみ」で、

 

わたしたちそれぞれが

「神」であるからですが、

 

 

わたしたちがどんなに

 

「誰かのお役に立てればそれで…」

と生きたとして、

 

それは

いつわりのない

自分の本心で

あったとしても、

 

ゲダッツした上での

ことではないのなら、

 

どこかに蓋をした

エゴ(我)があるということで、

 

(だってまだ神じゃないないなら、我はありますもんね)

 

このエゴを引き出す

必要がある。

 

 

エゴって、

 

地球で必要だった

役割をやってくれた

シャドーみたいな

存在って思ってて、

 

悪いやつじゃない。

 

他の表現がわからないだけ。

 

自分の中に対立も葛藤も

本当はない。

  

 

シャドーを

引き受けてくれたエゴを

お疲れさま!って、

統合するためには、

 

蓋をして、

ないことにしておく

わけにはいかなくて、

 

蓋を開けて

光をあてる必要がある。

 

 

たとえその人が、

 

「自分は受け取らなくていい」

って、

欲はどこかに押し込めて、

美しさ清らかさに

生きてきたとしても、

 

 

「自分はがまんすればいい」

って、

本当の氣持ちは表に出さずに

理性で自分を防御して

生きてきたとしても、

 

 

美しさも

清らかさも

理性も

 

エゴを覆うための

蓋のように

使ってしまっているなら、

 

その蓋は一度外して、

 

きれいに思えても

そうじゃなくても、

 

自分の中にあるものは

全部に光を当てて

出してあげることは、

 

ゲダッツの道には

欠かせないプロセス

なんだと思う。

 

 

 

エドガー・ケイシー療法の

ひまし油湿布の

最初の3日間を

終えました。

 

ヨーロッパで古くから

“キリストの御手”と

言われているひまし油を

 

フランネルにたっぷり

含ませて、

 

ヒーターで温めながら

肝臓のあたりに

湿布のように貼り付けて

横になったまま

1時間から1時間半、

 

という療法なのですが、

 

内観する時間にもなるので

どこか退行療法みたいな

感覚もあって、

 

(ゆるんで開くところがあるからだと思う)

 

わき上がってくるものが

いろいろあった。

 

 

 

直傳靈氣の遠隔を

受けたときも

 

涙が流れてきたのですが

(流れてから氣づくような涙)

 

ひまし油湿布でも

1日目は涙が流れた。

 

深いところにある悲しみは

もうストーリーを伴わないのか

感情がないまま、

ただ涙が流れる。

 

 

2日目は

ただ心地よかったような。

 

意識はクリアなまま

夢を見ているときみたいに

いろんなビジョンが浮かんできて、

 

イメージの中で

なにか署名する書類を

差し出されたので、

 

迷わず署名してみた。

 

なんの書類だったのだろう???

 

 

3日目は

意外とそわそわしていた。

 

統合しながら過ごした。

 

粘度が高いみたいな

なかなかしぶとい周波数を

掻き出すように統合。

 

 

 

ひまし油湿布の影響に

限ったことではなく、 

 

今の自分は

かつてはなかったような

 

エネルギー的な変化を

体験しているのだなと

感じられていて、

 

 

 

脱皮というより

青虫が羽化するような

 

(形態も能力も一新されるような) 

 

そういう変化って

氣がしてて、

 

今はさなぎ期

なのだと思うけど、

 

とはいえ

能動的な

さなぎ期というか、

 

 

とにかく

自分の純粋な

思いからなら、

 

どんな1歩でも

いいから、

 

進むのを

やめないのが

いいみたい。

 

 

 

 

ゲダッツ

メンバー随時募集中。 

 

 

 

  http://healingroom3.com 

 

 

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近所。陸上競技場の外周。きみどり大好き。

 

 

https://www.youtube.com/watch?time_continue=26&v=8sbRRx9hvKw

 すごいいい曲!カバーらしい。

最後に靴に注いだジュースを飲むorono。

 

 

統合の時代に、ちょっぴりフライングでcongratulations

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すべての行為はラブレター

 

死んだ後に、

 

自分の人生を

振り返って、

 

いちばん

後悔するのは、

 

 

「なんであんなことしてしまったんだろう」

 

ではなく、

 

 

「なんであれをやらなかったんだろう」

 

だそうです…

 

 

 

 

服部みれいさんが

 

自分がいちばん

やりたいことほど

おそれる氣持ちも

強くなる、

 

ということを

書かれていたかと思いますが、

 

 

「なんであれをやらなかったんだろう!」

 

って

悔やむほどのことに、

 

生きてる間になぜ

取り組めないか

というと、

 

 

こわくてたまらないから…

 

 

自分の核心と言える

いちばんの望みだからこそ、

 

「もしうまくいかなかったら…」

 

と思うと、

 

めちゃめちゃ怖い。

 

「失敗するくらいならもう現状で…」

ってなってしまう。

 

 

でもでも、

 

この肉体生は

いろんな制限がある中で

自分を表現していく

という場だから、

 

障壁に思えることも

自分でセッティング

してきてもいて、

 

それを超える自分を

 

体験してみたくて

ならない。

 

障壁を嬉々として

セッティングしたとも

言える。 

 

 

にもかかわらず、

 

いざ人生を生きてると、

プレイヤー目線でしか

なくなってしまって、

 

(ゲームにたとえるなら、画面の中のプレイヤーはあくまで幻想で、コントローラー持ってる方が本当の自分)

 

 

障壁を目の前にすると、

 

「マジ無理…」

 

ってなってしまう。

 

 

そんで、

 

死んでから、

「なんでやらなかったのだろう!」

ってなって、

 

同じテーマで

もう一回生まれたりとか…

 

 

でももうこれも

かつての話に

なってきているのは

 

輪廻転生のしくみも

ふくめて

 

地球があたらしく

変わるからです。

 

 

あたらしい地球では、

 

いろんな制限は消えていくし、

 

重かったものは軽く、

遅かったものは速く、

困難だったことは容易に、

 

意図したことが

スピーディーに

現実に反映される

世となってくる。

 

でも!

 

(ここが大事)

 

これは、

 

「やったラッキー!」

って、

 

今までの自分のまま 

受け身で体験できる

世界ではない、

ということ。

 

自分のカルマを

解消していってこそ

体験できる世界でもある。

(カルマという表現はあまり好みではないのですが)

 

 

カルマの法則は

因果の法則です。

 

すべての結果には

必ず原因がある。

 

自分が体験する

すべてに原因があって、

 

そしてその原因は

すべて自分の中にある。

 

 

宇宙は

 

その人が持ってる

周波数がオーダーとなる

居酒屋みたいなもので、

 

それが

ネガティブであろうと

ポジティブであろうと

 

制限的であろうと

無制限であろうと

 

 

「よろこんで!」

 

と言って現実に

はこんできてくれます。

 

 

いくら地球があたらしく

軽く、速く、調和的になっていっても、

 

宇宙では

 

その人のオーダー(周波数)が

もっとも尊重されているから、

 

本人が古い制限的な周波数を

握りしめて離さないなら、

 

そのオーダーが通るのだし、

 

オーダーが

重く、遅く、非調和的なら

 

重く、遅く、非調和的な

体験が運ばれてくる。

 

 

そして、

 

重く、遅く、非調和的…

というのは

あたらしい地球では

もう体験できないことだから、

 

それぞれの周波数に合わせて

パラレルの移行が

起こったりもするんだと思う。

 

 

それなら、

 

「いやいや、

あたらしい地球の方

体験したいですわ」

 

ってなったとする。

 

 

だとしたら、

 

その自分の

ネガティブなオーダーを

ストップしないといけない。

 

 

そして、

 

「もしうまくいかなかったら…」

 というおそれを超越して、

 

本当にオーダーしたいこと

(体験したいこと)を

行動に起こしていかない

といけない。

 

 

うまくいっても

いかなくても

 

結果は実は

どっちでも

よくて、

 

 

前も書きましたが、

 

地球って

スベりにきてる場所だと

思うのです。

 

失敗してなんぼ

というか。

 

 

「すべってもええ、前のめりに転べ」

 

吉本新喜劇

小籔座長の

名言ですが、

 

 

スベってもええから

自分のコアからの願望を

表現していくしかない。

 

「でも、こんな障害や、こんな制限がある!」

って思えても、

 

実は障害も制限も

 

自分の思い込みが

ほとんどで、

 

伝える相手にはちゃんと伝えたり、

 

仕組みに問題があるのなら

見直したり、

 

調整していくことが

可能なのだと思うし、

 

その先で

願望が体験できるの

かもしれないし、

 

思いっきりスベってみて、

その失敗こそが

体験したかった!

 

ってことなのかもしれない。

 

(失敗も、コントローラー持ってるハイヤーセルフ目線の自分からしたら、経験値ゲット!って話で、魂はめちゃめちゃ喜びます)

 

 

ここで、

びっくりの

お知らせです、

 

今日書きたいって

思ってることに

まだ全然たどり

着いていません。

 

今日も

縦スクロール新記録を

目指すことになるのか。

 

地上2階くらいの

長さを目指して

続けてまいりますね。

 

 

セッションでよく

 

「“昭和枯れすすき”を歌わない」

 

という話をさせてもらいます。

 

 

“昭和枯れすすき”は

男女デュエットの歌謡曲

 

(男) まずしさに〜 負けた〜

 

(女) いいえ〜 世間に負けた〜

 

 

って歌なのですが、

(若いみなさん知らないですよね。でも続けますよ)

 

「冷たい世間」

「やっぱりお金」

「いつもむくわれない自分」

 

わたしたちは

自分の繰り返すパターンに

「やっぱりね」って

なったとき、

 

脳から快楽物質が

出るそうです。

 

失恋ソングとか

カラオケで歌うと

めっちゃ陶酔する感じ。

 

それに中毒しているから

自分のパターンを

抜けられない。

 

 

 

ネガティブな体験が

あったとき、

 

「やっぱりわたしって…」

ってなって、

 

“昭和枯れすすき”的

自分ソング、

 

歌ってもいい、

歌ってもいいよ、

 

でも、

 

その周波数で

また同じオーダー

通っちゃうよ!

 

っていう…

 

 

今って、

 

100キロマラソン

最終の何キロ地点って感じの

タイミングみたいとも

思ってて、

 

それぞれに

いよいよのお題が

目の前に現れてくるかと

思うのだけど、

 

(なんなら輪廻の中で何百年もかけてきたお題だったり)

 

ここで

 

「いいえ〜世間に〜負けた〜」

とか

 

自分ソング歌ってる

場合じゃない、

って、

氣がしませんか?(笑)

 

 

だって、

 

せっかく走ってきた

100キロマラソン

(繰り返します。今回の生だけじゃありません!)

 

 

ゴール目前に

 

現れた障害物に

 

ひるんでしまって、

ゴールできずに、

 

断念して、

 

また別の場所で

スタート地点から…

 

とか

いやじゃないですか。

 

 

わたしはもういやなんです!

 (鼻息!)

 

 

結果はさておき

 

「やらない」ってことが

いちばん後悔するんだぞ

って、

 

自分に声をかけて、

 

とにかく

現実に起こしていく。

 

 

このブログの

タイトルのところに、

 

「日記および公開ラブレター」

としているのは、

 

コラムニストの小田嶋隆さんが

「すべてのテキストはラブレターであるべきだ」

って書いていたのを読んで感動して

(読んだのはずっと前ですが)

 

なにかテキストを書くなら

ラブレターのつもりで書きたいと

思ってのことです。

 

(先日イベントでご一緒した牟田都子さんが、イベントのレポートを読んでくださって、「ラブレターの意味がわかりました」って伝えてくれて、めちゃめちゃうれしかった)

 

 

わたしは元々

相手のすばらしいところを

伝えたくてならない

性分です。

 

なにがいいのか、

 

どういいのか、

 

どうしてそれが

好きなのかを

 

相手に伝えることが

とにかく無性に好きでなりません。

 

 

その圧と量がすごすぎて

服部みれいさんは

滝行のようだと言っていましたが、

(「ほめ滝」と呼んでもらった)

 

今は、

もうこの

「ほめ」なり

「すき」なり

 

これだけが使いたく

なってきている。

 

 

テキストだけでなく、

 

自分の行為の全部を

ラブレターって

してしまいたい。

 

なんかもうそれしか

やりたくない。

 

セッションだって

もちろんラブレターの

ひとつの表現です。

 

 

 

家の近所の

スーパーの話なのですが、

 

このスーパーは

 

レジのみなさんが

いつも楽しそうに

お仕事されているのが

伝わってきて、

 

そのようすを見るのが

わたしは大好きなのですが、

 

たまに会う

レジの人で

 

購入後の商品を

かごに入れていくとき、

商品の袋を

両手でパリッと整えて

入れていく人がいて、

 

わたしこれになんか

キュンってなるのですが(笑)

 

スピードを要求される

お仕事だと思うし、

 

自宅に持ち帰る袋に

移し替えたら、

 

またグチャって

なっちゃうかも

しれないけど、

 

その方は

とにかくなんか

自然と整えちゃうん

だと思う。

 

 

なんの話かって、

 

彼女が入れてくれた

商品のかごは、

 

わたしにとって、

ラブレターだと

いうこと。

 

 

すべての行為が

ラブレターであったら、

って思うし、

 

宇宙の隅々までそうだったら

って思うし、

 

わたしは本当に

もうそういう世界で

生きたいから、

 

まずわたしが

すべての行為を

ラブレターにする

って決める。

 

 

表現することで

自分の欠点があらわになっても、

それをおそれない。

 

 

今日の記事が

こんなに長くなりましたのも、

 

 

 

昭和枯れすすき的

自分ソングを

 

わたし自身が 

脳内で歌いかけていたから

ではあるのですが…(笑)

 

 

もう自分ソングやめて

ラブレターしか書きたくない。

 

 

 

自分ソングって

 

地球限定の

ネガティブ体験を

通した作品でもあるから

愛着もある、

 

ってのもわかる。

 

 

でも、

 

「つらい」「かなしい」「叶わない」「みじめ」

 

持ってたら、

オーダー通っちゃうから。

 

それでも

  

自分ソング歌いますか?

 

という…

 

 

 

もうひとつ。

 

何年も心の中にあることで、

なにかを理由に

取り組まないことが

あったとしたら、

 

ぜひ無視しないで

ちゃんと取り組むのが

いいと思う。

 

それをやらない理由って

なんだろう?

 

自分が本当に進みたい

道を選んだとき、

 

ときに人から理解されない

場合もあったりする。

 

 

ブッダは悟りの道に

進むときに

 

家族をすてています。

 

 

ここで

「妻と子どもをすてるなんて!」

という批難は

宇宙の本当の奥行きからすると

 

狭量にすぎるの

だと思う。

 

すべての存在は完全なのだし、

 

 

どの存在の体験にも

原因と結果が

完璧に本人の中にある。

(外から「被る」ということは実はないのだという)

 

 

純粋な衝動こそが

宇宙の発露なら

 

自分という端末を

使ってそれを

表現することほどの

貢献はないのだと思うし、

 

「正しさ」という

幻想を超えて、

 

ひとりひとりが

現実を使って

表現していけたら

いいんだよなって

思う。

 

 

名著『黎明』から

引用で終了です!

 

(まだ続くのか!ってどうぞ言わずに…、地上2階には至らなかったと思います…)

 

 

それでは自分自身の表現とは一体何でしょうか。(中略)大切なことは、その人の進化にとって必要かつ充分な状況は、既に目の前に与えられていると氣がつくことなのです。

 

 

解脱に至るためにはオリジナリティーということが非常に大切であり、誰のものでもないその人自身の表現こそが、普遍意識の展開と成るのです。(他の誰かと)同じ表現を二度する必要は全くないということをよく理解していただきたいと思います。

 

つまりその人の進化にとっての最短距離は、自分の周囲に起こってくる出来事のひとつひとつをやっていくことに在るのであって、他に何か特別なものを探したからといって、近道ができるわけではないのです。きちんとやるというのは、ひとつひとつの表現を心をこめて丁寧に、しかも確実に為していくということで、別の言い方をすれば、心に想い、言葉によって語り、身体をもって行うことの一切が神の愛の表現に成っているという意味になります。

 

芸術活動や磁場調整、霊的知識の普及や個人に対するヒーリング等はそれらを仕事とする人にとっては大きな愛の表現の機会です。けれども注意していただきたいのは、この地上におけるあらゆる出来事の中で、大いなる愛の表現の機会でないものは何ひとつとして存在していないという事実です。

 

 

わたしはもう

ラブレターしか

書きたくありません。

 

 

 

  http://healingroom3.com 

 

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nidi galleryで開催中の田中麻記子さんの個展に。

https://nidigallery.com/news/20190510

 

 

そして、なんと…

 

原画を買った!

 

 

小さい作品なのだけど、観に行きたくなったインスタのお知らせでみた絵で

(写真はフライヤー。買ったのはこの絵ではありません)

 

なんでしょう…

 

人生でいちばんよろこびの高い買いものって氣がしてる。

 

 

あの絵が自分のところにきてくれるなんて!

 

水彩画って大好きなのですが、ものすごく独自の技法をお持ちの方だなとギャラリーの方の説明でも感じましたし、あと作品がちょっとずつ狂ってる(笑)そこが最高に好きでした。

 

展示は23日(木)までらしいです。

 

セラミックの立体作品も超絶かわいかった!!!

 

 

 

 

 

半身浴とひまし油と将棋解説とoh wow,very cool!

 

思いがけず

からだのケアに

集中することと

なっている

5月です。

 

 

直傳靈氣を

遠隔で一週間、

 

それも

おふたりの方から

受ける、

 

という貴重な体験を

いただいて、

 

 

しみじみ

 

「今は養生のときなのだ」

 

と明解になりました。

 

 

遠隔を体験すると

3次元的な制約が

さらに外れる思いにも。

 

(おふたりがそれぞれにわたしの状況をキャッチして伝えてくださったり)

 

 

からだの状況が

好転するだけではなく、

 

ふたりの敬愛する方が、

 

一週間にわたって

ある時間になると

わたしを思ってくれた

ということが、

 

なにより大きな

体験でした。

 

他でもない

わたしがわたしを大切にしないと

なんだなって、

 

改めて

教えられるような

時間でもあった。

 

(セッションではこれでもかというほど、お伝えしてるのにね)

 

すっかり

養生エンジンが

かかって、

 

冷えとりさん的に

ガチで半身浴も。

 

連日3時間から

5時間くらい。

 

5時間は

わたしにとっては

新記録だったけど、

 

全然余裕だったことに

びっくり。

 

 

っていうか、

 

 

集中して読みたかった

『黎明』の読書が

めちゃはかどるし、

 

他の本もいっぱい読めたし、

 

読書にあきたら

iPhone

ラジオ聴けるし、

 

youtube

見られるし、

 

ときに

 

お風呂のふちに

腰掛けて、

グラウンディングのワーク

やってみたり、

 

立ち上がって

チャクラぶんぶんワークとか

やってみたり、

 

 

最後の方には

お風呂から出なくてはいけない

理由がよくわからなくなってきてた(笑)

 

 

おなかをすかせたJKが

部活から帰ってくるので

上がりましたけど。

 

 

さらに、

 

エドガー・ケイシー療法の

ひまし油湿布セットも

ゲットです。

 

こちらは

これからとなりますが、

 

ひまし油湿布の説明を

読めば読むほど、

 

からだのケアなのか

スピリチュアル的な

調整なのか

って感じがあって、

 

あたらしい時代に

あわせて、

 

このタイミングに

からだをアップデート

してる人が

多いみたいって、

 

 

聞いたのですが、

 

今は

からだの自分と

エネルギーの自分が

 

両側から

調整されている

感じがするので、

 

(エネルギーの変化がからだに反映されて、からだの変化がエネルギーに反映されてる感じ。さらにそれが現実の出来事にも反映されています)

 

 

ひまし油湿布は

その両側からの調整として

めちゃめちゃパワフルな予感が。

 

やってみるの

超たのしみ!

 

 

セッションを通して

感じていることでも

ありますが、

 

居心地が悪いなら、

 

氣付かないふりは

できない時期に

突入していて、

 

 

からだの浄化

 

断捨離

 

といった、 

物質的なアプローチは

もちろんのこと、

 

制限的な古い観念や

 

違和感のある人間関係など、

 

これからも

持っていたいもの

じゃないのなら、

 

手放すことは

迫られている

のだと思う。

 

 

こわいことは

ひとかけらもなくて、

 

これからは

飛べるようになるから

身軽にしとけよっ、

 

って、

かなり親切な

声かけとも言える。

 

 

ってことで、

 

今日もお風呂入ってきます!

 

 

 

  http://healingroom3.com 

 

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スーパーオーガニズム、オロノのラジオが春からはじまってた!!!

 

(おまけコーナー、ここからまた長くなりそうなのだけど、お風呂場での氣付き編として…)

 

 

<お風呂場でしてたことその1>

 

ラジオを聞く。

 

世のみなさんにはきっと今更すぎるのだと思うのですが、ラジコのタイムフリーという便利な機能を知りまして…

 

細野さんのDaisyHolidayとか、ピーター・バラカンさんのラジオを聞いたり。

 

 

あとyoutubeでオロノがゲストのラジオをみつけて、

星野源オールナイトニッポン

https://www.youtube.com/watch?v=RKKtPjF046k

 

これが、もう神回すぎて、

 

最終的に風呂場にMacBook持ち込んでオロノの発言を一部文字に起こしてたり(笑)

 

 

たとえば

彼女のファンへの態度などが

 傲慢に受け取られてしまったとしても、

 

彼女は自分を尊重していて、

 

同じように

相手も尊重しているからこそのことで、

 

「誰かが」じゃなくて、

「自分が」どうなのか、

という態度が常にある。

 

 

段差をつけて

アーティストを

見上げることや

 

チケット買って見に来たのは自分なのに、

 

その自分ではない

外側に力を設定することに、

 

彼女は耐えがたいほど

違和感があるのだと思う。

 

 

 

表現は自分のよろこびのためで、

感謝はあるけど、誰かの期待に応えるためじゃない

 

と言っていた。

(要約だけど)

 

 

「自分という領域を自分が

誰よりも大切にすること」

 

この養生ウィークに 

こんな角度からも

明解になりました。

 

 

 

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<お風呂場でしてたことその2>

 

読書。おもに『黎明』上下巻。

 

 

チェックしたいページ折っちゃう人なのですが(文芸書はしないけど)、

『黎明』がすばらしすぎて、こんなことに。

 

感銘が深いほど折りも深くなるという(笑)

 

えんぴつでチェックもします。

 

あとカバーは外して読みたい派。

 

 

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ミシマ社コーヒーと1冊シリーズの『透明の棋士

 

<お風呂場でしてたことその3>

youtubeで将棋の解説動画を見る。


(は?ってならずに、聞いてください!)

 

将棋、ルールどころか、駒の意味もなにひとつわからないのですけど(笑)

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=jNoF6gpk4nA

なぜか表示されたこの動画を見てしまったら、もう止まらなくなりました。

 

いちばん最初の先崎学さんの解説の「はっっっっ!」とか、

 

ひふみんの「あれれ??」「ひゃーーーー!」とか

 

何度見てもあきません(笑)

 

 

 

羽生さんはAI時代の若手の台頭によって無冠となっている現在のドキュメンタリーも最近テレビでやってて、

 

そうそうたる棋士のみなさんが羽生さんを語っていて、

(解説動画見まくってたら、自然に名前憶えた(笑))

 

それにも感動した。

 

 

羽生さん自身がテニスのラリーに

たとえていましたが、

 

きびしいコースをついてくれる

相手がいてくれないと、

それを返すよろこびも

体験できない。

 

だから、

 

対戦相手って、敵じゃない。

 

キワッキワの

ものすごい崖っぷちで

自分の決断だけを信じて

進むということを

 

共有できる、

希有な仲間というか、

 

わたしたちには想像もできない

境地があるのだと思えて、

 

それを共有した者同士の

言葉を超えた理解に

感動する。

 

 

谷川浩司さんは

 

将棋は相手と作る作品で

羽生さんはいちばんいい作品が作れる相手

と言っていて、

 

(谷川先生は話し方とかふるまいとか品があふれてすてき…)

 

先崎学さんは

 

羽生さんは革命家。

 

盤の上でそれを行ってきて、

 

永世七冠よりも、国民栄誉賞よりも

そこに価値がある

 

って話してて、

 

 

 

 ときに誰も立ったことがない場所で、

自分を信じて

自分で決断して

進んでいけるか。

 

長く活躍されている

棋士のみなさんは

 

なんでしょう

もはや

わたしにとっては

 

高いレベルで

自分を磨いてきた魂

に映ります。

 

 

なにより単純に

将棋がすきで

少年のよう。

 

落語や鉄道のマニアの方が

好きな理由とも重なるのですが

 

それがなんになるとか

モテるとか

メリットを超えて、

 

純粋に「好き」と「楽しい」があって、

 

棋士の方たちには

さらに

 

「つねに自分を変化させていける」

という能力も感じます。

 

 

停滞したら終わりだから、

 

失敗に一喜一憂して

立ち止まってはいられない。

 

 

自分を信じて

 

自分で決める。

 

失敗もまるごと

自分を受け入れて

 

つねに自分をあたらしく

変化させていく。

 

 

 

からだのケア

 

オロノのラジオ

 

将棋解説動画見まくり

 

 

この期間、実はいろんな角度から

同じ調整をしていたのかなとも思う。

 

 

なにが自分を元氣にするのか、

 

情報は外から

もらったとしても、

 

どれが自分に

フィットするのかは、

 

やっぱり自分が選ぶことが

大切って思う。

 

 

今のわたしの場合は

 

直傳靈氣にきっかけをいただいて、

 

半身浴とひまし油と将棋解説とoh wow,very cool!

 

 

これで元氣がでるなんて

自分じゃないと

わからないですもんね。

 

 

とくに将棋解説(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

放てば満ちる

 

連休終わりましたね。

 

ずっと家にいましたけど(笑)

 

高校生がいると、

部活があるから

お弁当作りは続きます。

 

始発に乗るとか言うので、

 

5時前に起きて

弁当作らなきゃって

日も何日かあって、

 

 

「ご、ご、ご、5時?!」

 

 

という、

 

志村けんのだいじょうぶだぁ

石野陽子さんみたいなことに

なってたりも。

 

 

って、

 

このコント、若い人は

知らないのでしょうか?

 

でも、

令和ともなりますと、

昭和ネタはむしろすがすがしく

使えるような氣がしています(笑)

 

 

連休中は

からだのケアに集中する

期間ともなりました。

 

(おかげで深い体験が。このことはまた改めて書きたいです)

 

 

 

さて!

 

今日もご感想を

紹介させてください。

 

いつも書きたい内容と

リンクするご感想が

届けてもらえるようで

感動するのですが、

 

 

今日は自分のこととしても

熱すぎる、

 

「手放す」

 

ということについて。

 

 

変化していく自分に合わせて

日々を調整していくのなら、

 

ときに大きな「手放し」は

起こる方が自然なのだと

思います。

 

(職場を離れたり、家族の関係を見直したり)

 

 

「放てば手に満てり」

 

という禅の言葉のとおり

 

手放してこそ大切なものが手に入る。

 

 

一瞬「えいっ!」と

覚悟や勇氣を

使うことにはなるけど、

 

 

本当に

放てば満ちるのだ、

 

ということを、

 

それぞれに

教えていただけるような

 

おふたりからの

ご感想です!

 

 

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 

 

セッションの日、家に帰って、

夕方になぜか息子とシャボン玉遊びを

公園でする流れになりました。

 

息子は公園の門柱にスルスルと登り、

「お母さんもここから吹きなよ。景色がいい」と誘ってきました。

 

「わたしは◯◯(息子さんのお名前)よりも子どもです」が私のアファメーション

 

私もおっかなびっくりびっくり

登って一緒に吹いていると、

 

息子は

「お母さんが好きなだけ吹いていいんだからね」

と言ってきました。

 

息子には子供の私が見えているのかしら?

と思うような声掛けに思わずハッとし、

そして幸せな気持ちになり、

 

ひとしきりふたりで

夕方の薄明かりにキラキラ輝くシ

ャボン玉を見て過ごしました。

 

 

自分をケアする以上に大切なことはない、

 

自分を深く満足させてあげてください、

 

というセッションでの

榎本さんの力強いメッセージに

深い安心感を得ました。

 

そうか、それでいいんだと腑に落ちたというか。

 

なんとなく、ソワソワ、

これでいいんだろうかと思いながら

やっていた自分ケアを

堂々とやる腹が座ったというか。

 

全てはプロセス。

 

グラグラしてきたら

一番近くのお手本である息子を見て、

 

自分を生きることとは

どういうことかを思い出し、

 

心から湧き出る純粋な自分を見つめて、

 

今の自分、今の自分を積み重ねていこうと思います。

 

 

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 

 

Yさんはこの春

20年間おつとめされた職場を

退職されました。

 

お仕事をうかがって、

びっくりしてしまうような、

 

わたしにはまったく

接点が無いような世界で

ご活躍をされてきて、

 

管理職ともなられて

いたこともあって、

 

「せっかくここまで続けてきたのに」

「もったいない…」

 

といった反応も

大いにあったかと思いますが、

 

Yさんご本人に

まったく後悔がないようすが

本当に痛快でした。

 

 

とはいえ、

 

いくらYさんが

優秀な方であっても、

 

息子さんのお母さまとしても

どんなに立派であっても、

 

子ども時代に

子どもをできなかった

小さなYちゃんがいます。

 

「なにもしない」

ができないと

Yさんは言っていました。

 

セッションでのアファメーション

 

できたらクスッって

笑っちゃうようなものを

といつも思うのですが、

 

「ちゃんとしなきゃ」

「がまんしなきゃ」

 

と育った子どもたちの

思い込みを外すためには

 

優等生的じゃない

宣言の方が

より外れることを

感じるからです。

 

 

公園でのシャボン玉のエピソードは

読んでて泣いちゃうのですが、

 

なんと、

Yさんご家族は

 

旦那さまももうすぐ

お仕事を退職されて、

 

とある離島に

移住されるご予定が!

 

息子さんは魚釣りが大好きで

移住をとても楽しみに

しているのだとか。

 

 

社会の常識的なことや

経済的な条件や

 

いろんなことを

ぶっちぎって、

 

この選択をされた

Yさんご家族が本当に

まぶしく感じられましたし、 

 

Yさんの中の

子どものYちゃんの

がんばりのおかげでの

現在でもあるから、

 

今こそ大解放で

よろこばせてあげて

ほしいです!

 

 

そう、

 

Yさんの辞められた

職場のみなさん、

 

とくにお子さんのいる

女性たちは、

 

本当に追い詰められて

お仕事をされていた

とのことです。

 

 

 

でも、

いっしょにがまんを続けるのではなく、

 

まずは自分が解放されて

背中を見せてあげることが

開いていくこともある。

 

 

この連休中、

熟読しまくっていた

『黎明』から引用しますと、

 

 

「例えば物質的なレヴェルでは、いくつもの会社を経営して馬車馬のように働いている人であったとしても、心がいつも不調和な想念でいっぱいになっていたとすれば、精神階層では世界中にわざわいをまき散らしていることになります。ですから、何もしていないように見えても、いつもニコニコして暮らしている人の方が、遙かに世の中には貢献しているということもよくあるのです」

 

 

わたしたちのいちばんの仕事は

 

いつも自分と一致して、

自分を満足させて、

上機嫌であること、

 

なんじゃないかって思う。

 

 

さらに『黎明』から

もうひとつ!

 

「常に自分と一致しているものは、他人とも一致している」

 

 

Yさんありがとうございました!!!

 

 

 

続きます!

 

 

やはり、

 

大きな手放しを経て

転機を迎えられた

Nさんからのご感想を。

 

 

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 

セッションでは、自分の苦手な

「具体的に決定していくこと」が

ざくざくと進んで、

とても不思議な気持ちでした。

 

どきどきするけれど、嫌ではない、

不思議と不安もない、そんな感覚で、

インチャが喜んでくれているようで

嬉しかったです。

 

セッション時に決めたことで

 

自分的に一番大きな事であった

「治療を終了すること」ですが、

 

先生につたえることができて、

 

先生も「いつ言ってくるかなと思っていたよ」と穏やかに応援して下さいました。

 

先生から離れる時に

わだかまりが生まれて

しまわないかということが

とても不安だったのですが、

 

それもわたしの

思い込みだったのだなあと。

 

なかなか完全には

手放せなかったものに

さよならする勇気がでました。

 

その後もふとした時に、

「先生離れ」ができていないことを

自覚する瞬間もあり、

 

そんな時にはコラボレッスンの時に

教えて頂いたワークをやってみています。

(Nさんはアマミヤアンナさんとのコラボレッスンにもご参加でした)

 

コラボレッスンの最中にも

このワークで大きな変化が起こり、

 

純粋にまっすぐに

自分を愛せるようになった

気がしています。

 

自分が変わるとまた新しいことが

どんどん起こるんだなあ

ということに感動しました。

 

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 

Nさんは

アトピー性皮膚炎の治療で

数年に渡る期間、

 

通院のために

とある地方に

拠点を移して

暮らしていました。

 

アトピーの症状や

こころの状態も

改善を感じていて、

 

病院や担当の先生のおかげとの

感謝もありますから、

 

自分が変化してきて、

 

少しずつ治療に違和感を

感じはじめていたけれど、

 

否定するようで

伝えづらいという

状況がありました。

 

 

 

「それまでの感謝があるから

今現在の違和感を伝えられない」

 

職場や家庭のこととしても

起こる状況かとも思います。

 

 

でも、

 

どんなご縁も、

その局面に合わせて

マッチングがあるのだから、

 

変化によって

離れるってことは

自然なことだと思うのです。

 

 

プリミさんの

「気をつかわずに、愛をつかう」

ってことでもある

と思うのですが、

 

ここで気をつかっちゃうと

違和感がモリモリ膨らんじゃって

感謝している相手にネガティブな

感情を持ちかねない。

 

 

であるならば、

 

違和感を放置せずに、

相手にちゃんと伝えたり、

適切に調整したりすることが

本当に大切なのだと感じています。

 

 

Nさん、

 

住まいも変わって、

 

あらたな仕事も決まって、

 

環境の変化が大きいと思いますので、

 

いきなりロケットスタート

息切れしてしまわないように、

 

どうぞご自身のペースも

大切にしていってくださいね。

 

ありがとうございました!

 

 

 

 

「なにごともありませんように」

ってお祈りしても、

 

 

なにごとかは

いつもあります(笑)

 

 

だって、

 

諸行は無常です。

 

宇宙は振動です。

 

 

動きこそが

わたしたちって

 

思うのです。

 

 

 

動きを意図できるのは

わたしたちの意識です。

 

だとしたら、

 

そうなってほしいように

いつも自分で動かして

行くしかない…

 

 

 

スピった話で言うと、

 

今は自分の意図や選択が

大きく支援される

時期なので、

 

自分がここだ!と

思う場所に、

 

勇氣を出して

飛び降りると、

 

自分に内蔵された

飛行石が発動して、

ラピュタの)

 

下ではパズーが

待ってる…

 

みたいなことが

いっぱい起こるって

思うのだけど、

(自分の望むことが待ってるっていう)

 

 

「えいっ!」って

飛び込む勇氣だけは

自前で用意しないと

いけないって思う。

 

 

自分はここ!って決める

迷いのなさも。

 

(「失敗」はありなんだけど、「迷い」はなしって思う)

 

 

今自分の飛行石を信じて、

飛び込むことは、

 

他の人の飛行石を

発動させることを

手伝うとも思う。

 

 

先にご感想を紹介させていただいた

Yさんも

 

「価値」とされるものを

潔く手放して、

 

「価値がない」って

思われそうなことに、

 

たくさんの豊かさや

安心や幸せを

体現されていくことで、

 

本当は幻想だった

「価値」を

握りしめて離せない

誰かをどこかで

手伝うのだと思う。

 

 

自分という領域から

宇宙の全部を愛する

ことができるなら、

 

やらずにどうする?

って、

 

なっています。

 

 

 

 http://healingroom3.com 

 

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インチャケア&呼吸レッスンのご感想 ~インチャケア編

 

 インチャケア&呼吸レッスンのご感想 ~呼吸編

 

 

アマミヤアンナさんのブログに、先日のコラボレッスンの記事が。

 

ご感想もアマミヤさんの熱いレポートも本当にうれしく読ませていただきました!!!

 

 

 

「放てば満ちる」

 

 

呼吸も吐くから、吸える。

 

 

シンプルさ、

簡単さを受け入れることは

 

わたし自身にとっても

引き続き大切なテーマです。

 

 

 

写真、

自宅でのセッションでの名アシスタント、もっちゃんの寝姿。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祝福トゥザピーポー/未来は過去の担保じゃない

 

今日は

ご感想を紹介させてください。

 

くしまで

セッションを受けていただいた

Sさんからのご感想です。

 

大きな喪失から

現在の祝福まで

 

どうかみなさんに

シェアさせて

いただきたくて。

 

ほめていただいているところも

そのまま載せさせていただきます!

 

  

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 

 

ひとりではないときに

あんなにも泣いたのは

じつに父の葬儀以来だった

かもしれません。

 

長い間、小さな自分が

泣いているのを

 

見て見ぬふりをしてきたのだなあと

気づかされました。

 

気持ちがすっきりしましたし、

私にとって大きな転機でした。

 

もうすんだこととして、

なかったかのように扱って、

あのころの小さな自分

ごめんね、と何度でもあやまりたいです。

 

これから、

小さな自分に先導してもらって、

共に生きていきたいです。

 

また、

父はただ自分の生を全うしたのだと、

深いところで納得できたと思います。

 

(今までそんなふうに言う人はいなくて、きっと私自身がそう思えていなかったのかもしれません)

 

いつでも望めば

そばに来てくれるのだと

わかりましたし!

 

重い着ぐるみを脱ぐ

タイミングなのだと思います。

 

くしまの白い扉をくぐり抜けたら

もう波動が変化していたような気がします。

 

かおりさんのお人柄を

聞いてはいたのですが、

実際にお目にかかって、

すぐに安心できました。

 

ご自身についてのお話もありがたく

自分のこととしてもお聞きしました。

 

教えていただいたワーク、

これからこつこつやっていきます!

 

まさに今、

かおりさんのセッションに

出会えたことしあわせでした。

 

 

本当に、ありがとうございました!!

 

 

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 

 

Sさんに承諾をいただいて

書かせていただきます。

 

Sさんは中1のときに

お父さまを自死によって

亡くされています。

 

お父さまとの会話に

その前兆とも思える

ものがあったことなど、

 

防ぐことができなかった自分を

Sさんはとても

責めたのだと思いますし、

 

その後も続いていく

現実の中で、

 

お父さまへの感情を

家族で深く共有することも

ままならなく、

 

悲しみきることも

できないままでした。

 

 

 

くしまでの着席型のセッションは

 

自由度がどんどん上がっていて、

 

その場その場で

必要なワークを

差し込んで進めるような

ものになっているのですが、

 

(自宅でのセッションもやはりベッドを降りてワークを行うことも増えています)

 

Sさんのセッションでは

 

はじめて

「エンプティチェア」という

方法を使いました。

 

ゲシュタルト療法の技法で

 

名前のとおり

 

空の椅子、

誰も座っていない椅子を

自分の前に置いて、

 

話したい相手と会話する

という方法です。

 

セッションでやってみるのは

はじめてだったのですが、

 

Sさんは

お父さまと

話すのがいちばん

早いと感じて、

すぐ行ってみました。

 

(瞬発力を大切にしています!)

 

 

この時間はわたしにとっても

とても深い体験でした。

 

 

Sさんはとても

落ち着いた雰囲気の

(そしてとても魅力的な!)

女性なのですが、

 

 

椅子を前にした

Sさんの口調は

 

どこかたどたどしく

 

言い回しも子どものようで

 

お父さまがお亡くなりになった

中1のSさんそのものだったのだと

感じられましたし、

 

わたしは

 

お父さんと対話する

Sさんを見ている立場では

ありましたが、

 

Sさんの向かいの

椅子にはっきりと

お父さまの存在を

感じられて、

 

(たまらずわたしも号泣してしまいました)

 

それって、

降霊とかそういうことでもなくて、

 

すべてはSさんの内側の

ことなんだけど、

 

Sさんにとっては

これ以上のリアルはなくて、

 

 

前回の記事の最後に

 

わたしの毎日で

 

リアルとイリュージョンが

入れ替わってきていると

 

書いたのですが、

 

この椅子に

お父さまが座っていることは

わたしにとっても

リアルでした。

 

 

Sさんは今、

 

いろんな面で

祝福の季節を

迎えられています。

 

 

でも、

 

その祝福を本当に

実感するためにも、

 

自分がいよいよ

制限を外して

本当の可能性を

のびのびと

生きていくためにも、

 

 

お父さまのことを

整理することが必要だった。

 

 

お父さまは精一杯生きたのだと

思います。

 

SさんがSさんを

罰し続けることは

お父さまも

望まないことです。

 

 

Sさんはあえて

自分に苦行を与えてきた

ようなところがありましたが、

 

 

もうそれもおしまいです!

 

 

 

未来って、

 

過去の担保じゃない!

 

 

どんな体験があったとしても、

幸せを自分で封じてしまうものじゃない。

 

どんなふうに育ったとしても

親に差し出すものでもない。

 

 

 

最近のセッションでは

 

「自分の過去と未来を切り離す」

というワークをセッションのどこかで

取り入れることが多いのですが、

(並木良和さんのワークです)

 

 

わたしたちは過去の体験から

根強い観念を握っていて、

 

未来もすでに制限的になってしまっている。

 

 

今の自分だけに切り分けて

なんの執着もない自分で

思い描いてみたら、

 

もっと自由な未来を生きている

自分がいるってわかるし、

 

その自分ならどうするかな?

 

って、

 

思い出すように

 

実際に選択したり行動したり

していくことで

 

本当にその自分に

つながっていく。

 

 

 

アファメーションがそうですが、

 

「あこがれる自分」

ではなく

 

「もうそれを体験している自分」

をセットして、

 

その自分だったら

どうするか、

 

「いつか」ではなく

 

今この瞬間から

反映させていく。

 

 

どんなワークも

方法よりも

スタンスが大切なのだと

感じています。

 

 

 

Sさんありがとうございました!

 

祝福をモリモリに!!!

 

 

 

 

※5月のご予約は

こちらをご参照お願いします

 

 

 http://healingroom3.com 

 

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服部みれいさんの『きんいろのアファメーション帖BIG』

 

自己認識のためのノートとしても、とても頼もしい1冊です。

 

自分の中のこどもをケアする、

インナーチャイルドのページもたっぷり!

 

 

やれるところ、興味のあるところから取り組んだり、気軽に飛ばして書き進んでみてくださいとみれいさんからの説明にありますが、

 

気が進まないところなど自分がちゃんと感じて進めてあげるのがなによりのレッスンになのだと思います。

 

本当に生きたい自分を生きるための脚力がつくと思いますし、

 

その自分の変化こそが現実に反映されていくのだとも思う!

 

 

 

 

 

 

 

5月の個人セッションのお知らせ

  

5月のご予約について

こちらをご参照お願いします。

 

 

 

5月のご予約をはじめるに

あたって、

 

現在のセッションの

ご案内をさせていただけたらと

思っています。

 

セラピー、カウンセリング、ヒーリング、

そういった領域で行われることを、

 

ひとことで説明するなら

 

「内的葛藤の統合」

と思っています。

 

 

実は外側には

原因も解決もありません…

 

 

「問題解決」であっても

「願望実現」であっても

 

この内的葛藤が

なくなることで、

 

自然と

問題から解放されたり、

願望が実現されたり、

 

または執着が手放せます。

 

 

この内的葛藤を扱うためには

それぞれに自己認識を

深めることも不可欠です。

 

 

セッションは

 

「自己認識」と

「内的葛藤の統合」

 

と整理できます。

 

 

内的葛藤はそれぞれに

たくさん持っています。

 

コレクションと

いっていいほどに。

 

(自分を苦しめるものでもあるけど、どこか自分の価値のようにも思っているから手放せない)

 

 

 

インナーチャイルドでいうと

なんらかのトラウマによる

自分への抑圧的な設定。

 

 

統合、解放は

 

本当の自分として生きるには

かかせないプロセスというか

お手当で、

 

子どもと思えばなおさらに、

 

できたら遊びって

思ってもらえるような

苦痛じゃない方法で、

 

といつも思ってもいます。

 

 

また

 

自分のパスワードを使って

せっせとネガティブを

書き込んできたのなら、

 

同じパスワードで

ポジティブも書き込める

ということ、

 

自分の領域では

自分が創造主だということを

思い出してもらうような、

 

セルフケアの個別レッスン

のような時間も

セッションの中で

もうけるようになっています。

 

 

なぜかそれが

漫談のようになってしまうので、

 

セッションのご感想で

一番多いものが

 

「おもしろかったです!」

 

なのですが(笑)

 

 

IH(インテグレート・ヒーリング)として

個人セッションを行ってましたが、

 

もはや

ベーシックなIHとは

呼べなくなっていることを

お伝えしなければと

思いましたし、

 

IHはとても洗練された方法で

安心して受けられる

とても効果の高いものなのですが、

 

わたしというツールを使って

 

よりセッションの

深度を深めること

進度を上げることを

目指していくと、

 

 

自然とこうなっています。

 

 

 

さらに

 

「内的葛藤の統合」というのは

 

ホ・オポノポノのクリーニングや

 

並木良和さんの統合ワークや

 

いろんな方法で

自分で行えるものです。

 

 

(服部みれいさんが発信している方法は冷えとりも含め、わたしにとってはどれも「内的葛藤の統合」です)

 

 

セッションは帰ってからが本番なのだと

思っていますし、

 

自分自身が何セッション分もの

解放を起こしていくことができます。

 

  

 

現在のセッションが、

 

<セッション+セルフケアの個別レッスン>

 

のような内容となっていること、

 

 

バランスをとるタイミングとも感じられて、

 

セッションの料金についても、

 

5月より

2万円に変更させていただくことに。

 

 

セッションについて、 

 

このような内容で

必要と感じられる方に

ご縁がいただけましたら、

 

幸福なマッチングと

なるのかなと思えましたので、

 

長くなってしまいましたが

説明をさせていただきました。

  

  

それぞれに最適なタイミングで

ご縁がいただけましたら

なによりです!

 

 

 http://healingroom3.com 

 

 

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喬太郎師匠♡

 

 

 

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落語を好む方なら垂涎と思われる、一之輔、喬太郎、白酒という豪華すぎる3人会へ。

 

急に落語のブログになるので

ここからはお読みいただかなくて大丈夫ですので(笑)

 

 

落語は「ただある」を楽しむ芸能だと思うし、

その日どんなにすごいものを立ち上げても

意識をそこに執着させず、

さっさと次に向かう感じとか、

 

わたしにとってはスピリチュアル。

 

個のちがいを尊重しながら、

 

落語という生きものを

それぞれのからだに

存続させている感じにも

いつも感動します。

 

 

なんで喬太郎師匠が

好きなのかって、

 

 

説明しようとすると

脱力してしまうのは、

 

説明できる氣がしなくなるからで、

 

一之輔師匠も白酒師匠も大好きで

この日もどちらもすばらしかったのですが、

 

喬太郎師匠のときだけ

すっごいわたしはビリビリしていて。

 

他のふたりとは全然ちがう。

 

もはや波動が好き(笑)

 

喬太郎師匠って

奔放で枠組みから自由で

アドリブ力もすごくてとか

新作も古典も超越的に演じられてとか

いろいろ説明できなくもないのだけど、

 

 

このビリビリだけは

説明できない。

 

 

このビリビリが好きなんだと思う。

 

 

こういう感覚は

常に注目していて、

 

人に説明できないものでも

 

証明できないものでも

 

見えないしさわれないものでも

 

自分に確信があるものを

 

真実とするという態度を

 

 

いつもレッスン中。

 

 

 

3人の演目の中のひとつは

この日のわたしにとって

うそみたいに啓示的なものでした。

 

 

「わー、シンクロー!」とか

もはやそうじゃない。

 

 

 

立川談志は落語を

イリュージョンと表現しましたが、

 

現実こそがイリュージョン…

 

 

レッスンの成果か、

 

わたしの毎日では

 

リアルとイリュージョンが

入れ替わってきています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歩いて行ける宇宙船 in ひるねこBOOKS

 

歩いて行ける宇宙船

inひるねこBOOKS

 

イベントのレポートです!

 

 

実際どうする?仕事のこと

—働くことは我慢じゃない!

 

 

とのテーマで、

 

 

校正者の牟田都子さん

 

ひるねこBOOKS

店主の小張隆さん

 

それぞれにお話を

聞かせていただきました。

 

 

 

牟田さんが

フリーランスの校正者となって、

 

現在、

いち校正者という

枠を超えてご活躍を

広げているお話や、

 

 

小張さんが

老舗の絵本の出版社を経て、

ひるねこBOOKSをオープン、

 

古書店という枠を超えて

現在3周年を迎えるまでのお話は、

 

それだけでも

かぶりつきで

聞いてしまう

おもしろさなのですが、

 

 

わたしがこの日の会を

大変に誇らしく感じたのは、

 

仕事がテーマの

お話会ながら、

 

「かといって、人は働かなくたって価値がある」

 

というコンセンサスが

自然と浮上してきたことです。

(それぞれのおなかの奥にあったものとして)

 

 

今回ご一緒しました

わたしたち3人は

 

ご縁ができてから

ごく浅く、

 

この企画も

あっという間に

進みましたが、

 

かといって

すごく熱心に

打合せを重ねた

わけでもなく、

 

それぞれに

結構違う毎日を

過ごしていたの

だとも思います。

 

当日の流れも着地点も

ざっくりのまま。

 

 

にもかかわらず、

 

深いところから

近しいものが出てきて、

 

それをそれぞれの表現で

伝えることになったこと、

 

ご参加者のみなさんに

ちゃんと届いているとも

感じられたこと、

 

そこに感動がありました。

 

 

 

牟田さんは

 

「レンタルなんもしない人」の話から、

 

「なにもしない」存在が

人気、って言ってももいいくらい

必要とされていること、

 

また、

 

若松英輔さんの著書の中の

詩人の岩崎航さんについての

記述から、

 

助けを借りずに

生きられない存在は

無力なのかと言ったら、

そうではなく、

 

その体現によって

計り知れない力を

与えているのではないか

というお話をしてくれて、

 

 

 

小張さんも、

 

『しょぼい喫茶店の本』を

 

本のプレゼントとして

選んでくれたのですが、

(この日の目玉企画!)

 

 

しょぼい喫茶店はこんな本で、

  

就活に失敗した大学生が、人生に行き詰まる→「しょぼい喫茶店」をやりたいとブログに綴る→『しょぼい起業で生きていく』著者・えらいてんちょうに発見され、ブログがSNSで話題に→見ず知らずの人から100万円もらう→ここまでの展開に感動した女性が「手伝いたい」と鹿児島から上京→ふたりで「しょぼい喫茶店」(という名前の喫茶店)をオープン→紆余曲折ありつつ、そしてふたりは結婚。という超絶ウソっぽいですが実話、のお話です。

  

もう、絶対読もう!って

思っているのですが、

 

挫折とかドロップアウトとか

本当はそうじゃない!って、

 

軽やかにシフトしてくれる

本だなあって思って、

 

 

わたしはセッションを通して、

 

「役に立たなければ、自分には価値がない」

という観念をたくさん知るけど、

 

役に立つことって

「ねばならない」

ではなくて、

 

その人がその人になりきると

自然と能力が発揮されて

結果誰かの役にも立ってしまう

だけだなのだと思ってるし、

 

失敗も全然ありで、

 

自分の変化に応じて、

修正、調整が

ずっとあっていいのだよな

って思ってもいて、

 

なんか

これを持ち寄った感じが

うれしかった。

 

 

 

牟田さん、小張さんに

共通するスタンスとして、

 

順風に乗るばかりではなく、

 

いつも自らに問いがある、

 

ということも

強く感じました。

 

 

小張さんは

お店の可能性に変化がなくなることに

とても敏感でいらっしゃって、

 

(ひるねこって名前ですが、のんびり変わらずあればいい…という方ではまったくありません!)

 

 

牟田さんも

どこを掬って扱うかは

その人のさじ加減ともいえる

校正というお仕事の中で、

 

自分が大切にしなくては

いけないものがなんなのか、

 

忘れてしまってはいけないものは

なんなのかを

 

いつもいつも

自分に問うている。

 

 

そうして、

 

自分を立たせ、

問いながら進ませる

動力と言ったら、

  

 

「本が好き」という

純粋な衝動なのだと

思いますし、

 

 

むずかしいことはなにもなくて、

 

「好き」だけが

 

わたしたちの
燃料なんだって思う。

 

 

牟田さんが

すばらしいのは

 

校正者として

人気だからじゃない。

 

 

小張さんが

すばらしいのは、

 

このご時世に

独自のスタイルで

書店を運営できてる

からじゃない、

 

 

結果は実は

おまけみたいなもの

って思うのです…

 

  

セッションを通して

学ばせてもらったことでも

ありますが、

 

 

存在と生きかたが

あるだけで

外側にはなにもない。

 

 

急にスピった方面に

舵がきられましたが(笑)

 

趣味「覚醒」なので

おゆるしください。

 

 

すべてさびしさと悲傷とを焚いて

ひとは透明な軌道をすすむ 

  

若松英輔さんの

『悲しみの秘義』(ナナロク社)には

(牟田さんが校正をご担当されています!)

 

上記の宮沢賢治の詩を引用して

こう書かれています。

 

「透明な軌道」という表現は人生の道は目に見えず、それぞれの人にとって固有のものであることを示している。

 

 

人生という道は

目に見えない。

  

存在と生きかたが

あるだけで

外側にはなにもない。

 

 

条件や制限というのも幻で

 

わたしたちは

 

自分の「好き」を

燃料に焚いて

 

目には見えない

それぞれに固有な道を

作り出していく。

 

 

やはり『悲しみの秘義』で

若松英輔さんが引用していた、

若い詩人に宛てた

リルケの手紙の一文を最後に!

 

  

そんなことは一切おやめなさい。

 

あなたは外に眼を向けていらっしゃる、

 

だが何よりも今、あなたがなさってはいけないことがそれなのです。

 

誰もあなたに助言したり手助けしたりすることはできません、誰も。

 

ただ一つの手段があるきりです。

 

自らの内へお入りなさい。

 

 

 

 http://healingroom3.com 

 

 

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小張隆さん、牟田都子さん、わたし。

 

笑顔がはじけているのは、このイベントに深く満足しているから。

 

笑顔がはじけているのは、タカヒロさんの撮影だから。

 

 

ご参加みなさんのお顔にも同じかがやきを確認した氣がしていますが、いかがだったかな…

 

それぞれにこの日のお話をお役立ていただけたら、わたしたちにとってなによりです!

 

 

牟田さんとわたし、シャツがほぼお揃いだったね!

 

世に巻き起こるタピオカ行列の謎に迫るべく、一緒にタピオカミルクティー飲んだね!

 

 

謎、解けなかったね…(笑)

 

 

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第1部「小張隆 谷中ひるねこ物語」&「 本の神さまご指名!牟田都子物語」

 

それぞれ出版社時代を経て、独立をされています。

 

どちらも芯がしなやかで強靱。

 

おふたりを深く知ることができてしあわせでした。

 

 

 

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牟田さんから校正や出版のお話を聞くのが本当に大好き…

 

 

牟田さんはこのようにかわいらしい女性なのですが、

 

本や、本に携わるみなさんのお話を伝えるとき、

瞬間、確実に目に力がこもるのをわたしは知っています。

 

あんな物語や、こんな美しさや、

知られていない本に纏わる大切なことを伝えるときに

 

出版社や製本所といった、その先にいる方への思いが、

自然にこめられるんだと思う。

 

 

わたしがインチャのお話をするときも

 同じような感覚がある。

 

 

自然に発動するなにか。

 

それがその人のやることなんだと思う。

 

 

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第2部は車座となって、全員参加でお話を!

 

休日は木に登りたい方…、犬や猫のように寝たい方…、金儲けをしたい方…、

(あはは!全部最高ですね)

 

本当に楽しくお話を聞かせていただきました!

 

 

「なにが正しい」なんてない!

 

条件や制限という幻を

外してまいりましょうね。

 

 

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小張さん選書の『しょぼい喫茶店の本』

 

ご参加者の方に抽選で本をプレゼントさせてもらいました!

 

この時間の満足感といったらありません…

 

なんなん?この楽しさ(笑)

 

 

牟田さんには『本を贈る』という

共著でのご著書がありますが、

 

 

本って、

もらってうれしいのはもちろんですが、

 

贈る側の満足が半端なく高いって思う。

 

押しつけではないので、

読まれなくても満足なのです。

 

 

三輪舎『本を贈る』は遅ればせながら買ったばかりなのですが、やー!ばー!すー!ぎー!るー!1冊です。内容的にももちろんなんだけど、物理的に本としてやばすぎる…)

 

 

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選んだ本のことを話すサトコムタ。

かわいいでしょう…

 

参観日で発表する娘を見ている母親みたいな氣分になりますな。

 

牟田さんが選んでくれたのは

 

『ちいさないきものと日々のこと』

 

西荻窪にあるギャラリー“もりのこと”で

作られた冊子とのこと。

 

牟田さんは校正者という、「正」を含む職業名ではありますが、「正しい」が、やわらかいたいせつなものをつぶしてしまうことが決してないように、ということに細心の注意をはらわれています。

 

プレゼントにこの冊子を選ばれたのも、そのやわらかいものをたいせつにしてのことなのだと思う。

 

言葉や文字の専門家でいらっしゃるけど、牟田さんがいちばん大切にしているものは、言葉でも文字でもない領域のことって感じます。

 

 

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若松英輔さん『悲しみの秘義』(ナナロク社)を持つ、タカヒロさん。

(牟田さんからのもう1冊のプレゼントにご当選!)

 

この本、わたしも今読ませていただいているのですが、

 

むうううううううううう…

 

スピった方向からたどり着いている現在の境地を、がっぷり共有できる読書体験がありますし、であるなら本当に自分が見ている角度だけがあって、スピっててもスピってなくても、まったくちがうコースから、同じ場所にたどりつくのだとも思う。

 

コースも表現も無限に選べるなら、

あとは自分はどうしたいかだけだなって。

 

 

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わたしの1冊は『ロックで独立する方法』忌野清志郎

ご当選のるいさんと。

 

最初に選んだのは絵本だったのだけど、絶版と判明して、

 

ならばもっと最適な本があるってことだなって思って、頭で選ばないで決めようと、当日丸腰で本屋に行って、呼ばれたのがこの本。

新潮文庫の今月の新刊として積んであった。自分用にも買う)

 

清志郎が亡くなって10年と知って驚く。

 

『ロックで独立する方法』

清志郎本人がつけたタイトルだそうです。

 

 

「成功」ではなく、「独立」

 

 

「成功」って実は他人軸?というか、

 

休日に木登りしたって、犬猫のように暮らしたって、なにしてたって、豊かさって体験できるのだと思うし、その自由は内側に独立あってなんだなあって。もちろんお金をたくさん稼ぎたい!という自由も。

 

 

この日は服部みれい門下の集いでもありました!

 

murmurmagazine for me(n)の特集

「好きなことだけして自由にたのしく豊かに生きる法」への勝手にアンサーイベントみたいな氣持ちでもあった。

 

 

 

この日のお話でお伝えしたいことは

まだまだあるのですが、

新潮文庫のしおり紐の話とか…)

 

さすがに長すぎるので

もうやめますよ。

 

 

ご参加のみなさま

 

小張さん

牟田さん 

 

本当にありがとうございました!!!